「借金」という言葉には、どうしても後ろ暗い響きがあります。けれども医院の経営において、借入は避けるべきものではありません。むしろ、必要不可欠なものです。
理由は単純で、医療は装置産業だからです。医療機器、内装、電子カルテ、そして人。先に支出があって、収益は後からついてきます。その時間差を埋めるのが、資金です。
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この記事の結論
- なぜ、借入をすすめるのですか。
- 手元資金の厚さが、そのまま打ち手の数になるからです。現金が乏しければ、機器の更新も分院も採用も見送るしかありません。借入は、その選択肢を買う行為です。
- 金利がもったいないのでは。
- 1,000万円を金利2%で借りた場合、年20万円、1日あたり約550円です。
この金額で、月末の資金繰りの不安から解放されるなら、決して高くありません。
当事務所ではこれを「精神安定剤の薬代」と呼んでいます。 - 最終的に目指すのはどんな状態ですか。
- 実質無借金経営です。借入残高よりも手元の現預金が多い状態を指します。いつでも返せる、しかし返さずに手元に置いておく。これがもっとも強い財務です。
現金100万円の医院と、現金5,100万円・借入5,000万円の医院
はじめに、質問をひとつ。次の2つの医院があったとして、先生ならどちらを経営したいでしょうか。
| A医院 | B医院 | |
|---|---|---|
| 手元の現預金 | 100万円 | 5,100万円 |
| 借入金 | 0円 | 5,000万円 |
| 差引 | 100万円 | 100万円 |
差引はどちらも100万円です。しかし、経営の実感はまるで違います。
A医院は、今月末の人件費と家賃の引き落としが通るかどうかを、毎月心配することになります。
そして何より、打ち手がありません。機器が壊れても、良い物件が出ても、優秀な人材が現れても、動けません。
B医院は借入を抱えていますが、手元に5,000万円あります。投資したいタイミングを逃さず、急な環境変化にも耐えられ、次の融資の相談もしやすい。枕を高くして眠れます。
金融機関がお金を貸すということは、先生と医院の将来に、それだけの信用があるということです。
個人でカードの返済が滞っている方に、法人の融資は下りません。借りられること自体が、ひとつの評価なのです。
医療機関の資金調達先は、2つしかない
上場企業のように、第三者から出資を集めるという道は、医療法人にはありません。医療法人は剰余金の配当が禁止されており、そもそも出資者に利益を分配する仕組みを持たないからです。
結果として、資金の出どころは2つに絞られます。
- 理事長個人のお金(役員報酬として受け取った手取りから)
- 金融機関からの借入
1つめには、はっきりと限界があります。
1,000万円を法人に残そうとすれば、税率を30%として約1,430万円の利益が必要です。
しかもこれは、先生の役員報酬を払ったあとの利益です。年間500万円の利益なら3年、300万円なら5年かかります。
だからこそ、2つめを使うのです。使わないという選択は、成長の速度を自分で落とすことを意味します。
補助金・助成金は、先にお金を使ってから、後で補填されるものです。申請から入金まで1年、長ければ数年かかることもあります。
積極的に活用すべきものではありますが、「これで資金を作る」という発想は成り立ちません。
どこから借りるのか——3つの窓口
医療機関が使える窓口は、大きく3つです。
① 民間の金融機関
地方銀行や信用金庫です。診療報酬の入金口座がある金融機関がもっとも借りやすいと考えてください。
日々の入出金から、医院の実態が見えているからです。取引のない銀行に突然お願いに行っても、話は進みません。
民間の融資は、さらに2つに分かれます。
- 信用保証協会付き融資——公的機関が保証人となることで、実績の浅い法人でも借りやすくなる仕組み
- プロパー融資——銀行が自らの責任で貸す融資。信用が積み上がってから使える
② 日本政策金融公庫
国が運営する金融機関です。
民間が貸しにくい先を補う役割を担っているため、開業間もない時期や規模の小さい医院でも相談しやすいのが特徴です。
ただし国の機関ですから、税金の滞納があれば、まず借りられません。
③ 福祉医療機構(WAM)
医療・福祉に特化した公的機関です。
建物や設備といった長期の資金について、民間より長い期間・低い金利で借りられる場合があります。新築・増改築や、大型機器の導入を検討される際は、選択肢に入れる価値があります。
保証協会付き・公庫からはじめ、返済実績と決算書で信用を積む。次にプロパー融資で短期資金や納税資金・賞与資金を借りる。
さらに当座貸越の枠を設定し、最終的には代表者保証なしを交渉する。この順に進むのが王道です。
金利は「精神安定剤の薬代」と考える
「借りると金利がもったいない」というご意見は、必ず出ます。では、実際にいくらでしょうか。
1,000万円を金利2%で借りた場合、年間の利息は20万円。月に約16,000円、1日あたり約550円です。コーヒー1杯分と変わりません。
この550円で、月末の残高を気にせずに診療に集中できるなら、安いものではないでしょうか。当事務所ではこれを「精神安定剤の薬代」と呼んでいます。
逆に言えば、1,000万円を借りて月16,000円の利益も生み出せないのであれば、その使い道自体を考え直したほうがよい、ということでもあります。
申し上げているのは「赤字を借入で埋め続けろ」ということではありません。赤字が続いている状態での借入依存は、まったく別の問題であり、そちらは構造の見直しが要ります。
ここでお伝えしているのは、利益が出ている今のうちに借りておくという話です。
目指すのは、実質無借金経営
最終的な目標を、はっきりさせておきます。実質無借金経営です。
借入残高よりも手元の現預金が多い状態を指します。先ほどのB医院がまさにそれです。いつでも返せる。しかし返さずに、手元に置いておく。これが、もっとも強い財務の姿です。
回すべきループ
- 診療に力を入れて、利益を出す
- 決算書がよくなり、信用が積み上がる
- よい条件で融資を受けられる
- そのお金で、医院にさらに投資する
これを回し続けるだけです。ここで注意していただきたいのは、過度な節税は、このループを止めてしまうということです。節税とは利益を減らす行為ですから、決算書は必ず痛みます。
資金調達の目処が立っていない段階で、節税を優先している場合ではありません。この点は「節税するな」で詳しく整理しています。
分院の開設、大型機器の入れ替え、事業承継、そして持分あり医療法人の出資持分の払戻し。
いずれも、突然まとまった資金が必要になる場面です。必要になってから借りるのでは、間に合いません。先生の医院に、その日は来ないと言い切れるでしょうか。
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最終更新:2026年9月1日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。