先生は、毎年の決算書をご覧になっているでしょうか。税理士から渡された封筒を、開けないまま棚に置いていないでしょうか。
あの書類は、税務署のためだけにあるのではありません。金融機関、取引先、そして将来の承継相手が、先生の医院を評価するために使う唯一の資料です。言い換えれば、医院の成績表です。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 決算書は、誰が見るのですか。
- 税務署だけではありません。金融機関が融資の判断に使い、大手取引先が与信の調査に使います。医療法人の場合は都道府県に事業報告書等を届け出る義務があり、閲覧の対象にもなります。
- 決算書が悪いと、何が起きますか。
- 融資が受けられず、資金繰りに追われます。加えて法人名義の契約が通らない(役員社宅など)、スタッフの住宅ローンに影響するといった、思わぬところに波及します。
- いちばん大事な数字はどこですか。
- 貸借対照表の右下、純資産の部の合計です。ここがマイナスなら債務超過であり、金融機関の評価は大きく下がります。決算書を良くするとは、突き詰めればここを増やしていくことです。
決算書とは、経営の成績表である
決算書は、学校の通知表と同じです。数字が振るわなければ、それが第三者から見た経営の評価になります。厳しい言い方ですが、外部の人間が判断できる材料は、これしかありません。
経営が苦しい時期ほど、数字を見なくなります。これは「見られない」のではなく「見たくない」のです。
私自身、投資がかさんで赤字を掘っていた時期は、自分の会社の試算表から目を逸らしていました。現実を見るのが怖かったのです。
ただ、それでは何も変わりません。次の質問に、先生は即答できるでしょうか。
- 先月の医業収入はいくらだったか
- 毎月の固定費はいくら必要か
- 損益分岐点の売上はいくらか
- 借入はあといくら残っているか
- 現預金はいくらあり、来月の支払に足りるか
すべて答えられれば、優秀な経営者です。現在地が分からなければ、目的地には辿り着けません。
東京を目指すとして、いま自分が大阪にいるのか沖縄にいるのかで、進む方向はまったく変わります。
分析の技術を身につける必要はありません。
市販の決算書の本は上場企業を題材にしたものが多く、医院の決算書を良くする役には、ほとんど立ちません。必要なのは、大事な数字がどこにあるかを知っていることだけです。
理由① 信用そのものだから
決算書は、医院の信用を数値化したものです。数字が悪ければ、思わぬところで支障が出ます。
- 法人名義の契約が通らない——節税の定番である役員社宅を導入しようとしたのに、法人の与信が通らず契約できない。実際にある話です
- 取引先の与信調査に引っかかる——リース会社や大手業者は、信用調査会社の情報や決算書で判断します
- スタッフの住宅ローンに影響することがある——勤務先の財務内容が調査対象になる場合があります
- 先生ご自身の借入にも響く——ご自宅の購入や個人での融資では、収入の源泉である法人が必ず見られます
医療法人は、毎会計年度終了後に事業報告書・財産目録・貸借対照表・損益計算書などを都道府県知事へ届け出る義務があります。
そしてこれらは閲覧の対象になります。つまり医療法人の決算書は、はじめから外に開かれているのです。
理由② 資金調達ができるから
身も蓋もない話をします。金融機関がお金を貸したいのは、お金を持っている法人です。日本語が変に聞こえるかもしれませんが、これが実際のところです。
理由は明快で、返済の原資は利益だからです。利益が出ていない決算書は、「返してもらえないかもしれない」と読まれます。
赤字が2年、3年と続き、改善の兆しも見えなければ、次の融資はまず通りません。
そして前の記事で見たとおり、医療機関の資金調達先は理事長個人の資金と金融機関の2つしかありません。
個人の資金には限界があります。決算書を痛めるということは、残った1本の道を自分で塞ぐということです。
理由③ 出口の選択肢が変わるから
医院の「出口」を考えたことはあるでしょうか。人には寿命がありますが、法人には終わりがありません。だからこそ、いつか誰かが決めなければなりません。
出口は、現実的には3つです。
- 事業承継——ご子息や親族、勤務医に引き継ぐ
- 売却(M&A)——第三者に引き継ぐ
- 清算——きれいに閉じる
どの道を選ぶにも、決算書が健全であることが前提になります。
- 債務超過で借入が残っていれば、閉じたくても閉じられません。代表者保証があれば、個人資産から返済することになります
- ご子息に引き継ぐにしても、多額の借入と個人保証をお渡しすることになります
- 第三者への売却でも、債務が重ければ値がつきません
出資持分がある医療法人では、話がもう一段複雑になります。内部留保が厚いほど持分の評価は上がり、相続税が重くなります。
一方で、退社する社員から払戻しを請求されれば、それに応じる資金も要ります。
決算書は、相続対策そのものと直結しています。
金融機関が嫌う決算書、3つの特徴
① 利益が出ていない
返済の原資がない、と読まれます。最も基本的で、最も重い問題です。
② 債務超過になっている
債務超過とは、資産よりも負債が多い状態です。
資産1,000万円に対して負債3,000万円なら、純資産はマイナス2,000万円。
貸借対照表の右下、純資産の部の合計を見れば、すぐ分かります。
500円しか持っていない人が1,000円の借金を抱えていたら、追加で貸そうとは思いません。金融機関の心境も、これと同じです。
③ 理事長への貸付金・仮払金がある
これは見落とされがちですが、金融機関がとくに嫌う勘定科目です。
金融機関は「法人」に貸しています。そのお金が理事長個人に流れていれば、本来の目的に使われていないと受け取られます。
法人で事業に投資し、利益を上げて返済してほしいのですから、当然の反応です。
対処法はひとつだけです。法人と個人の財布を、きちんと分けること。個人の資金が足りないのなら、法人で利益を出して役員報酬を上げるのが筋です。
それができる利益が出ていないのであれば、まだ受け取るべき段階にない、ということでもあります。
3年前は好調だったが、最近は落ちてきている——という医院で、好調だった頃の生活水準のまま役員報酬を維持しているケースをよく見ます。
法人の利益が出ていないのに報酬だけ据え置くと、貸付金や仮払金が膨らみます。
一度上げた生活水準を戻すのは、想像以上に大変です。
決算書を良くするために、先生がすること
まず、興味を持つこと
ここが出発点です。数字を「知りたい」と思わなければ、決算書は良くなりません。顧問税理士に任せきりにしている場合は、なおさらです。
正直に申し上げます。多くの税理士は、税金を計算するために決算書を作っています。
金融機関からどう見えるか、来年の資金調達にどう効くかまで考えて数字を組み立てている事務所は、決して多くありません。
「税務署目線」ではなく「金融機関目線」で組む
当事務所では、決算を締める前に必ず着地の見込みをお伝えし、方向性を確認したうえで数字を固めます。具体的には、こうした作業です。
- 決算の3か月前には着地を予測し、金融機関にも共有しておく
- 理事長への貸付金・仮払金を、決算書に残さないよう整理する
- 納税額をシミュレーションし、資金を確保しておく
- 来期の収益につながる支出は、当期のうちに手当てする
純資産を増やしていく、という一点
結局のところ、決算書を良くするとは純資産を厚くしていくことに尽きます。利益を出し、納税し、残った分が積み上がる。それだけです。
過度な節税は、この積み上げを止めます。節税と資金調達は、同時には成立しません。どちらを優先するかは、先生の医院がいまどの段階にいるかで決まります。
「純資産を厚くせよ」という原則は、持分あり医療法人ではそのまま当てはまりません。
純資産が厚くなるほど、出資持分の評価が上がり、相続税が重くなるからです。融資を優先するのか、承継を優先するのか。
この判断は、先生の医院の状況を見なければできません。ここが、当事務所がもっとも力を入れている領域です。
先生の決算書は、金融機関からどう見えているでしょうか。
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最終更新:2026年9月1日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。