看護師・スタッフの求人を出しても、なかなか応募が集まらない。そんな悩みを抱えている理事長は少なくないはずです。

給与や勤務条件だけでなく、「退職金制度があるかどうか」も、応募者が比較している要素のひとつです。

とはいえ、自前で退職金の原資を積み立てるのは、資金繰りの面でも負担が大きいものです。

そこで検討したいのが、国が運営する退職金制度「中小企業退職金共済(中退共)」です。

掛金は全額が法人の経費になり、しかも退職金は法人を経由せず機構から従業員本人へ直接支払われるという、他の退職金制度にはない特徴を持っています。

この記事では、中退共の仕組みと、医療法人にとっての意味を整理します。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

中小企業退職金共済とは何ですか。
独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する、中小企業のための国の退職金制度です。法人が毎月支払う掛金は全額が損金(経費)になり、退職金は機構から従業員本人へ直接振り込まれます。
他の退職金制度と何が違いますか。
退職金を法人が管理しないことです。
法人の口座を経由しないため、資金流用のリスクがなく、従業員側にとっても「積み立てたお金が外部で守られている」という安心材料になります。

ただし掛金納付12か月未満の退職は不支給、24か月未満は掛金を下回るなどの例外があります。
医療法人にとってのメリットは何ですか。
採用競争力の底上げです。
国の制度に乗ることで、自前で退職金原資を積み立てる負担を抑えながら、看護師・スタッフに対して退職金制度という福利厚生を用意できます。

ただし理事(役員)は加入対象外である点には注意が必要です。

中退共とは——国が運営する中小企業のための退職金制度

中小企業退職金共済(中退共)は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する、中小企業向けの退職金制度です。

法人が機構と契約し、従業員ごとに毎月の掛金を納付します。

従業員が退職したときには、それまで積み立てた掛金をもとに、機構から退職金が支払われる仕組みです。

自社で退職金規程を作り、自前で引当金を積み立てていく方法と比べると、掛金は毎月支払う「経費」として処理でき、退職金原資を法人の内部に貯め込んでおく必要がない点が大きな違いです。

国の制度に乗ることで、退職金制度そのものの設計・管理の手間も軽くなります。

つまり、こういうことです

毎月の掛金は全額が法人の損金になります。

法人にとっては、退職金原資を計画的に外部に積み立てながら、そのつど税負担を圧縮できる制度ということです。

加入できる法人の規模には基準があります(業種によって資本金・出資金額または常時雇用する従業員数で判定)。

医療法人が該当するかどうかは、法人の規模によって変わるため、加入を検討する際は必ず確認が必要です。

医療法人が毎月払う掛金は全額損金になり、勤労者退職金共済機構が管理し、退職金は機構から従業員本人へ直接支払われる。理事は加入対象外。
掛金は法人から機構へ、退職金は機構から従業員へ。法人の口座を経由しません。

医療法人にとっての最大のメリット——採用力・定着率

医療業界、特に看護師の採用市場は、全国的に競争が厳しいことで知られています。

給与水準や勤務シフトの融通だけでなく、「長く勤めたときに、退職金という形で報われる制度があるか」は、応募者が就職先を比較する上で無視できない要素です。

個人のクリニックや、退職金制度を持たない診療所と比べて、中退共に加入しているという事実そのものが、採用募集の場面で伝えられる具体的な福利厚生になります。

しかも、この制度は自前で退職金原資を積み立てる場合に比べて、法人側の資金負担・管理の手間を抑えながら導入できる点が実務上のメリットです。

「よそにはない制度」であることが強みになります

近隣のクリニック・医療機関が退職金制度を用意していないケースは珍しくありません。

採用の場面で「退職金制度あり」と明記できること自体が差別化になります。

定着率が上がれば、採用・教育にかかるコストの削減にもつながります。

また、掛金は全額損金算入されるため、福利厚生の充実と法人税等の圧縮を同時に進められるという点も、経営の観点から見逃せません。

人材への投資が、そのまま税務上のメリットにもなる制度です。

掛金の決め方と、加入時・増額時の助成金

掛金は従業員ごとに、法人が任意で設定します。

月額5,000円から30,000円程度の範囲で、複数の区分から選んで設定するのが基本的な仕組みです(パートタイマー等については、より低い掛金区分も用意されています)。

正確な区分・上限額は制度改定の可能性があるため、加入前に必ず最新の内容を確認してください。

助成のしくみ

中退共の特徴のひとつが、国(機構)による掛金助成です。新しく中退共に加入したときや、既存の掛金を増額したときに、一定期間、掛金の一部を機構が助成する仕組みがあります。

タイミング助成の考え方
新規加入時 掛金月額の2分の1(従業員ごとに上限5,000円)を、加入後4か月目から1年間助成
掛金の増額時 掛金月額18,000円以下の従業員の掛金を増額した場合、増額分の3分の11年間助成

助成の割合・期間・対象となる掛金区分は制度上細かく定められており、法人の規模や掛金の設定によって変わります。

この記事の数字だけを根拠に判断せず、加入手続きの前に必ず制度の詳細を確認することをおすすめします。

要確認

掛金月額の区分・上限額、および新規加入・増額時の助成率と助成期間は、執筆時点(2026年8月)の制度にもとづく記載です。

制度改定が行われる可能性があるため、加入を検討する際は必ず機構の最新の公表資料でご確認ください。

退職金は機構から従業員へ直接——法人を経由しない安心感

中退共のもうひとつの大きな特徴が、退職金の支払い方です。従業員が退職した際、退職金は法人の口座を経由せず、機構から従業員本人の口座へ直接振り込まれます。

これは、自前で退職金を積み立てる制度にはない設計です。

法人内部に退職金原資を貯めておく方式では、資金繰りが厳しくなったときにその原資に手をつけてしまうリスクや、経営者の判断ひとつで支給額・支給時期が左右されてしまう懸念が残ります。

中退共では、掛金を納付した時点で資金は機構に移り、法人の意思とは関係なく、退職の事実にもとづいて従業員に直接支払われる仕組みになっています。

スタッフにとっての安心材料になります

「法人の経営状態にかかわらず、積み立てた退職金は原則として自分の手元に届く」という点は、従業員側から見ても大きな安心材料です。

採用募集の際に、この仕組みを具体的に説明できれば、他院との差別化にもつながります。

加入前に知っておきたい注意点

中退共は無理のない制度ですが、加入前に押さえておくべき点がいくつかあります。

注意

理事長・理事などの役員は加入対象外です。

中退共の対象はあくまで使用人(看護師・事務スタッフなどの一般職員)であり、法人の役員に対する退職金準備には使えません。

役員向けの退職金準備は、別の制度・方法で検討する必要があります。

なお、使用人兼務役員(労働者性があり、賃金を受けている方)は加入できる場合があります

また、原則として従業員全員を加入させる必要があることや、加入後の掛金減額には一定の制限があることなど、実務上の細かいルールもあります。

導入にあたっては、対象範囲・掛金設定を含めて事前に確認しておくことが大切です。

掛金の全額損金算入、機構からの助成、退職金の直接支払いという3つの特徴を踏まえると、医療法人が福利厚生を整備しながら、無理のない範囲で節税効果も得られる制度といえます。

特に看護師・スタッフの採用力を高めたい医療法人にとっては、検討する価値のある選択肢です。

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。