看護師やスタッフの採用・定着に頭を悩ませている先生は多いと思います。給与を上げたいのはやまやまでも、法人の負担が増えるだけでは踏み切りにくい、というのが本音ではないでしょうか。
実は、給与等の支給総額を一定割合以上増やすと、その増加額の一部が法人税額から直接差し引かれる制度があります。
「賃上げ促進税制」と呼ばれるもので、医業を営む医療法人も対象です。
この記事では、制度の基本的な仕組みと、令和6年度の税制改正で加わった重要な変更点を整理します。
同じ制度を、最新の内容でやさしく整理し直した記事もあります。→ 賃上げ税制|スタッフの給料を上げると、法人税が直接減ります
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 医療法人の賃上げ税制とは何ですか。
- 前年度と比べて給与等支給総額を一定割合以上増やすと、その増加額の一定割合を、その年度の法人税額から直接差し引ける制度です。医業を営む医療法人も対象になります。
- 利益が出ていない年は使えませんか。
- 令和6年度の税制改正で「繰越控除制度」ができ、状況が変わりました。その年に控除しきれなかった金額は、最大5年間繰り越して、黒字化した年度の法人税から差し引けるようになっています。
- どれくらいの節税効果がありますか。
- 中小企業向けの場合、給与等支給総額が前年度比1.5%以上増で増加額の15%、2.5%以上増でさらに15%上乗せの計30%を控除できます。
教育訓練費の要件で+10%、くるみん・えるぼし(2段階目以上)等の認定で+5%が上乗せされ、最大45%です。
ただし控除上限はその年度の法人税額の20%までです。
賃上げ促進税制とは——医業も対象になる制度
賃上げ促進税制(正式には「中小企業向け賃上げ促進税制」「大企業向け賃上げ促進税制」)は、青色申告をしている法人が、前年度と比べて国内雇用者への給与等支給総額を一定割合以上増加させた場合、その増加額の一定割合を、その年度の法人税額から控除できる制度です。
対象になる業種に限定はなく、医業を営む医療法人も対象です。
看護師・医療事務・コメディカルスタッフなど、雇用している職員への給与を増やせば、それだけ制度を使う余地が広がるということになります。
給与を増やせば、その分だけ法人の人件費(経費)は増えます。
賃上げ税制は、それに加えてさらに法人税額そのものを直接減らせるという制度です。
経費が増えて税額が減る「損金算入」とは別に効く、税額控除ならではのメリットがあります。
多くの医療法人は、資本金の規模や職員数からいって「中小企業向け」の区分に該当します。以下では、中小企業向け賃上げ促進税制を前提に説明します。
中小企業向けの基本要件と上乗せ要件
中小企業向け賃上げ促進税制は、「基本要件」を満たせば税額控除が受けられ、そこに「上乗せ要件」を追加で満たすほど控除率が上がっていくという構造になっています。
基本要件
前年度と比べて、全ての国内雇用者に対する給与等支給総額が1.5%以上増加していることが基本の条件で、この場合、増加額の15%を税額控除できます。
さらに増加率が2.5%以上であれば控除率が15%上乗せされ、増加額の30%になります。
上乗せ要件
基本要件に加えて、次のような取り組みを行っていると、控除率がさらに上乗せされます。
| 上乗せ要件 | 内容 | 上乗せ幅 |
|---|---|---|
| 教育訓練費の増加 | 職員向けの研修・資格取得支援などにかかる教育訓練費が、前年度比5%以上増加し、かつ給与等支給総額の0.05%以上であること | +10% |
| くるみん認定・えるぼし認定(2段階目以上)等 | 子育てサポート企業(くるみん)や女性活躍推進(えるぼし・2段階目以上)などの認定を受けていること | +5% |
基本要件の控除率(15%または30%)にこれらの上乗せを合わせると、中小企業向けでは最大で給与増加額の45%を税額控除できます。
なお、この制度の適用は令和9年3月31日までに開始する事業年度までとされています。
教育訓練費の増加やくるみん認定は、もともと人材育成や働きやすい職場づくりのために行う投資です。
医療法人であれば、院内研修や資格取得支援を制度化するだけで、上乗せ要件を満たす道が開けることもあります。
令和6年度改正の目玉——「繰越控除制度」とは
賃上げ促進税制には、これまで大きな弱点がありました。
控除額はその年度の法人税額が上限になるため、赤字の年度や、法人税額が少ない年度は、せっかく給与を増やしても控除を使いきれないという問題です。
開業したばかりの医療法人や、設備投資がかさんで一時的に利益が少ない年度では、この制度の恩恵をほとんど受けられませんでした。
この弱点に対応したのが、令和6年度税制改正で創設された「繰越控除制度」です。
その年度に控除しきれなかった金額を、最大5年間繰り越して、将来黒字化した年度の法人税額から控除できるようになりました。
分院展開や設備投資の直後で一時的に利益が薄い年度でも、その年に職員の給与を上げておけば、控除の権利自体は失われず、黒字化した年度にまとめて使えるようになったということです。
「今は法人税額が少ないから賃上げ税制は関係ない」という判断が、必ずしも正しくなくなっています。
繰越控除を受けるには、繰越控除を受ける事業年度において雇用者給与等支給額が前年度から増加していることが要件とされています。
単に「以前に控除しきれなかった枠がある」というだけで自動的に使えるわけではなく、繰り越した先の年度でも給与総額を維持・増加させていることが前提になります。
控除には上限がある——法人税額の20%まで
賃上げ税制による税額控除には、その年度の法人税額の20%という上限(控除限度額)があります。
給与の増加額がどれだけ大きくても、この上限を超えて控除されることはなく、上限を超えた部分は繰り越して将来の年度で使うことになります。
つまり、「給与をたくさん増やせば増やすほど無制限に税金が減る」制度ではなく、あくまで法人税額の20%の枠内で効果を発揮する制度だと理解しておく必要があります。
試算の際は、想定される法人税額とあわせて確認するのが確実です。
節税と採用力の両立——医療法人だからこその活用視点
医療業界は、全国的に看護師・コメディカルスタッフの人手不足が深刻です。
給与水準は、採用の入り口であると同時に、既存スタッフの定着率にも直結します。
賃上げ税制は、この「給与を上げたいが負担が心配」という悩みに、税制面から後押しをしてくれる制度と位置づけられます。
もちろん、税額控除を目的に給与を上げるべきではありません。
順序としては、採用力の強化や職員の定着という本来の目的があり、その結果として賃上げ税制の要件を満たせるかどうかを確認する、という流れが本筋です。
とはいえ、給与改定のタイミングで基本要件・上乗せ要件を意識しておくだけで、結果的な節税効果は変わってきます。
給与等支給総額の推移や教育訓練費の状況によって、実際にどれくらいの控除が受けられるかは法人ごとに異なります。
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最終更新:2026年9月1日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。