スタッフの給料を前の年より上げると、その増えた分の一部を、法人税から直接引ける——そういう制度があります。 賃上げ税制です。

「経費が増えて利益が減る」のではありません。計算し終わった法人税そのものが、まるっと減ります。 効き方が違います。

この制度が2026年に少し変わりました。そして2026年10月からは、 パート職員の社会保険が変わって、医院の人件費がどうしても上がります。 給料が上がる年だからこそ、確認しておく価値があります。

この記事の結論

どういう制度ですか。
スタッフに払った給料の合計が、前の年より1.5%以上増えていれば、増えた分の15%を法人税から引けます。2.5%以上増えていれば、さらに15%上乗せで計30%。経費が増えるのではなく、税金そのものが減ります。
2026年に何が変わったのですか。
研修費を増やしたときの上乗せ(+10%)がなくなりました。そのぶん、いちばん多く引ける割合が45%から35%に下がりました。制度そのものは続きます。
赤字の年はどうなりますか。
捨てずに済みます。その年に引ききれなかった分は、5年先まで持ち越せます。黒字になった年の法人税から引けます。ただし1年に引ける上限は、その年の法人税の20%までです。

経費が増えるのではなく、税金が減ります

ここが、ほかの節税とまったく違うところです。並べます。

 ふつうの節税(機器を買う、保険に入る)賃上げ税制
何が起きるか経費が増えて、利益が減る税金そのものが減る
100万円使ったら税金が30万円くらい軽くなる条件しだいで30万円が直接引ける
お金の行き先業者・保険会社うちのスタッフ

使ったお金がスタッフに渡って、なおかつ税金が減る。 医院の中にお金が残る節税は、そう多くありません。

実際にいくら戻るのか

条件と割合は、こうなっています。

条件引ける割合
スタッフの給料の合計が、前の年より1.5%以上増えた増えた分の15%
同じく2.5%以上増えたさらに15%上乗せ(合わせて30%)
くるみん・えるぼしなどの認定を受けているさらに5%
いちばん多いとき35%

スタッフ7人ほどの医院で考えてみます。

計算してみると

スタッフに払った給料の合計が、前の年は2,400万円。今年は2,460万円になった。

・増えた額 → 60万円
・増えた割合 → 2.5%(条件を満たします)
・引ける割合 → 30%
18万円が、法人税から直接引かれます。

給料を60万円上げて、税金が18万円減る。実質の負担は42万円ということです。

対象は「スタッフの給料」。院長の報酬は入りません

ここを取り違える先生が多いので、はっきり書きます。

数えるのはスタッフに払った給料です。 院長ご自身の役員報酬も、ご家族が理事になっている場合のその報酬も、入りません。

「今年は自分の報酬を上げたから、条件を満たすはず」——これは成り立ちません。 受付、看護師、衛生士、事務。雇っている人に払った金額だけで判断します。

賞与も入ります

月々の給料だけでなく、賞与も合計に入ります。 だから決算賞与を出せば、そのぶん合計が増えて条件に近づきます。

2026年に変わったこと

変わったのは1つだけです。

 これまでこれから
研修費を増やしたときの上乗せ+10%なくなりました
いちばん多く引ける割合45%35%
1.5%以上増・2.5%以上増の条件変わりません
持ち越し(5年)・上限(法人税の20%)変わりません

引ける割合が下がったのは、たしかに後退です。 ただ、手続きは楽になりました。

研修費の上乗せを使うには、どの費用が対象になるかを一つずつ判断して、明細を残しておく必要がありました。 実務ではけっこうな手間で、「面倒だから結局使わなかった」という医院も多かったところです。

これからは、給料が1.5%増えたか、2.5%増えたか。それだけ見れば判断できます。

引けるのは法人税の20%まで。あまりは5年持ち越せます

上限があります。1年に引けるのは、その年の法人税の20%までです。

法人税が300万円の医院なら、引けるのは最大60万円。 計算上それより多くなっても、その年には引ききれません。

ただし捨てずに済みます。引ききれなかった分は、5年先まで持ち越せます。 赤字の年でも、利益が薄い年でも、給料を上げた事実は無駄になりません。

持ち越すには、申告を続ける必要があります

持ち越すには、引ききれなかった年から毎年ずっと、申告書に明細をつけ続ける必要があります。

「今年は引けないから書かなくていい」としてしまうと、持ち越せません。 顧問税理士に「持ち越しの管理をしていますか」と一度聞いてみてください。

10月から人件費が上がります。だから今年です

2026年10月から、パート職員の社会保険のルールが変わります。 これまで「106万円の壁」と呼ばれていた線がなくなり、週20時間以上働く方が新しく対象になります。

パートさんが多い医院ほど、医院が払う保険料が増えます。 そして手取りが減るスタッフに対して、給料で埋め合わせをする医院も出てきます。

つまり2026年から2027年にかけて、多くの医院で給料の合計が増えます。 放っておいても、条件(1.5%以上増)を満たす可能性が高いということです。

ただし、社会保険料は「給料」に入りません

ここは間違えないでください。数えるのはスタッフに払った給料です。 医院が負担する社会保険料が増えても、それだけでは条件を満たしません。

実際に払う給料が増えているかどうかで判断します。

それでも、税金のために給料を上げないでください

最後に、順番の話です。

給料を100万円上げて、30万円が戻ってくる。残りの70万円は医院から出ていきます。 この制度は、賃上げの負担を軽くするものであって、賃上げを得にするものではありません。

では、なぜ使うのか。どのみち上げる理由が、すでにあるからです。

どうせ上げるなら、使わない手はない。これが正しい順番です。

当事務所では、行き過ぎた節税はしないという考え方でご案内しています。 その中でこの制度は、数少ない「本業のための支出が、そのまま税金の減額になる」ものです。 スタッフに払ったお金で税金が減るなら、これほど素直な話もありません。

出典:令和8年度税制改正(賃上げ促進税制の見直し。教育訓練費に係る上乗せ要件の廃止により、中小企業向けの最大控除率が変更)。 給与等支給額の増加割合に応じた控除率、控除上限(法人税額の20%)、繰越控除(最大5年)は租税特別措置法による。 社会保険の適用拡大(賃金要件の撤廃)は2026年10月から。いずれも2026年9月時点。

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最終更新:2026年9月11日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年9月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。適用要件の判定は個別の事情によって異なります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。