医療法人の理事長から、いちばん多くいただく質問がこれです。「役員報酬はいくらにするのが正解ですか」。

結論から言うと、唯一の正解はありません。ただし、決め方の順序と、踏んではいけない落とし穴ははっきりしています。

この記事では、報酬額を決める前に必ず押さえておくべきルールと、実務でよく見かける3つの失敗を整理します。

この記事の結論

医療法人の役員報酬は、いくらにすべきですか。
唯一の正解はありません。ご家族の状況、退職金の準備方法、後継者の有無、出資持分の有無で答えが変わります。決算書の数字を入れて計算しない限り、意味のある答えは出ません。
金額を決める前に、押さえるべきことは。
改定のタイミングです。
役員報酬を経費にするには原則「定期同額給与」である必要があり、変更できるのは事業年度の開始から3か月以内に限られます。

ここを逃すと次に動かせるのは1年後です。
いちばん見落とされている点は。
報酬を抑えて法人に利益を残すと、出資持分の評価が上がることです。持分あり医療法人の場合、20年後の相続で行き詰まる原因になります。

まず押さえる:金額より先に「タイミング」のルールがある

役員報酬の相談を受けると、多くの先生がいきなり「いくら」から入ります。しかし実務では、金額より先に決まっているルールがあります。それが改定のタイミングです。

法人が役員に支払う報酬を経費(損金)にするには、原則として「定期同額給与」——毎月同じ額を支払うこと——である必要があります。

そして、その額を変更できるのは、原則として事業年度が始まってから3か月以内に行う改定に限られます。

つまり、こういうことです

3月決算の医療法人であれば、4月・5月・6月のうちに改定を決議する。ここを逃すと、次に報酬を動かせるのは1年後です。「今期は儲かったから年末に増やそう」は、原則として通りません。

年に一度しか動かせない、という前提で考えると、役員報酬の設定は「今期の着地見込み」を期首の段階でどこまで読めるかの勝負になります。

決算が終わってから慌てて考えるものではなく、期首の3か月が勝負どころです。

落とし穴① 期中に増やしても、増やした分は経費にならない

これがいちばん多い失敗です。

期の途中で「思ったより利益が出そうだから」と役員報酬を増額すると、増額した部分は損金として認められないのが原則です。

法人税は減らないのに、受け取った側の所得税と社会保険料だけは増える。

つまり、税金が減るどころか、法人と個人の両方で負担が増えるという最悪の結果になります。

では、期中に利益が出たときに何もできないのか。方法がないわけではありません。

役員に賞与を出す場合は、あらかじめ税務署に届け出をしておく制度(事前確定届出給与)があります。

ただし届出の期限と、届け出たとおりに支給することが厳格に求められ、1円でも違えば全額が損金不算入になることもあります。

使うなら、事前の設計が要ります。

よくある誤解

「期中でも減額ならできる」と聞いたことがあるかもしれません。

業績の著しい悪化など、一定の事情がある場合に限って認められる取扱いはありますが、「利益調整のために減らす」は認められません。安易な減額は、かえって否認のリスクを招きます。

役員報酬を改定できる期間の図。3月決算の医療法人では、改定できるのは事業年度開始から3か月以内の4月・5月・6月に限られ、7月から翌年3月までは動かせない。期中に増額しても増額分は損金にならず、法人税は減らないまま所得税と社会保険料だけが増える。
期中に増やしても、増やした分は経費になりません。

落とし穴② 医療法人には「配当禁止」という別のブレーキがある

ここからが、一般の会社と医療法人が決定的に違うところです。

一般の会社であれば、役員報酬を高く設定するかどうかは、基本的に法人税法上の「不相当に高額かどうか」だけを気にすればよい話です。

しかし医療法人には、剰余金の配当が法律で禁止されています。

この禁止規定があるために、過大な役員報酬は「実質的な配当ではないか」という見方をされる可能性があります。税務上の問題にとどまらず、医療法上の問題にもなり得るということです。

さらに医療法人は、毎会計年度の終了後、事業報告書等を都道府県に届け出る義務があります。

役員報酬の状況は、行政の目に触れる場所にあります。一般の会社の感覚で「利益が出たら全部役員報酬に」とやると、税務署以外からも指摘を受ける余地が生まれます。

落とし穴③ 報酬を抑えると、出資持分の評価が上がる

そして、いちばん見落とされているのがこれです。

「税金を抑えたいから、役員報酬は低めにして法人に利益を残そう」——この判断は、短期的には正しく見えます。

法人税率と所得税率の関係だけを見れば、そのほうが有利なケースは実際にあります。

しかし、持分あり医療法人の場合、法人に残した利益はそのまま出資持分の評価額を押し上げます。そして出資持分は、理事長に相続が起きたときに相続財産として評価されます。

何が起きるか

持分の評価額は上がる。しかし持分は換金できない。相続人は、現金を1円も受け取っていないのに、多額の相続税を課される。

納税資金をつくるために持分の払戻しを求めれば、今度は医療法人から資金が流出し、法人の存続そのものが揺らぎます。

つまり役員報酬の設定は、「今年の税金」の問題であると同時に、「20年後の相続」の問題でもあります。目先の税負担だけで決めると、20年かけて時限爆弾を育てることになりかねません。

福岡県内には、この「持分あり」の医療法人が2,247法人ありました(平成26年3月31日時点の調査)。決して例外的な話ではありません。

法人に残すか、院長が受け取るか。配分の考え方はこちらに。→ 法人に残すか、院長に渡すか

出典:厚生労働省「都道府県別医療法人数」(平成26年3月31日現在)

では、どう決めるのか

順序で考えます。金額から入らないことが大事です。

順序考えること
1 今期の医業収入と利益の着地を、期首の段階で見込む
2 法人に残す利益と、報酬として受け取る額の配分を仮置きする
(法人税・所得税・住民税に加え、社会保険料まで含めて比較する)
3 退職金の原資をどう準備するかを決める
(退職金は出資持分の評価を下げる方向にも働く)
4 持分あり法人なら、5年後・10年後の持分評価額の推移を試算する
5 1〜4を踏まえて金額を決め、期首から3か月以内に改定する

よく「所得がいくらを超えたら法人化」「役員報酬は◯◯万円が最適」という数字を目にしますが、これらは目安にすぎません。

ご家族の状況、退職金の準備方法、後継者の有無、そして持分の有無によって、答えは変わります。

先生の決算書の数字を入れて計算しない限り、意味のある答えは出ません。

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。