「絵を買えば経費になって節税になる」という話を、どこかで聞いたことがある先生は多いと思います。

実際、待合室やロビーに絵画を飾っているクリニックは珍しくありませんし、購入を検討したことのある理事長も少なくないはずです。

ただ、税務上の取扱いは、多くの方が思っているほど単純ではありません。

結論から申し上げると、経費(減価償却費)にできるのは取得価額100万円未満のものが中心で、それ以上の高額な美術品は原則として償却できません

つまり、いわゆる「節税」として成り立つ金額帯は、かなり限られています。

この記事では、そのラインがどこにあるのか、そして医療法人にとって美術品を持つことにどんな意味があるのかを整理します。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

医療法人が買った絵画は経費になりますか。
取得価額100万円未満であれば、減価償却資産として耐用年数にわたり経費にできます。絵画であれば8年、金属製の彫刻などであれば15年が目安です。
100万円以上の美術品はどうなりますか。
原則として減価償却できません。
時の経過によって価値が減少しない資産とみなされ、買った金額がそのまま貸借対照表に載り続けます。

経費にはならず、法人の資産が現金から美術品に置き換わるだけです。
結局、節税になるのですか。
高額なものは、なりません。「節税のためにアートを買う」という発想は、100万円以上の作品では税務上そもそも成立しません。

買うのであれば、資産として持つ意味と、院内に飾ることの価値で判断するのが筋だと考えています。

かつて美術品は、一律に「償却できない資産」だった

減価償却という仕組みは、「時間の経過とともに価値が減っていく資産」を前提にしています。

建物も医療機器も車も、使えば古くなり、いずれ価値を失う。だからこそ、その減っていく分を毎年の経費として配分します。

ところが美術品は、この前提から外れやすい資産です。名画は100年経っても価値を失わず、むしろ上がることさえある。

そのため税務上、美術品や骨とう品は「時の経過によりその価値が減少しないもの」として、原則的に減価償却の対象外とされてきました。

かつては相当に低い金額から一律に非償却として扱われていたため、実務では「絵はほぼ経費にならない」というのが共通認識でした。

この扱いを大きく変えたのが、平成26年(2014年)12月に行われた国税庁の通達改正(法人税基本通達7-1-1等)です。

法律そのものの改正ではなく、通達の見直しによって取扱いが変わったもので、平成27年1月1日以後に取得する美術品等から適用されています。

実態として、街の画廊で買うような数十万円の絵画まで一律に「価値が減らない資産」と扱うのは無理がある、という認識が背景にありました。

改正により、一定額未満の美術品は減価償却資産として扱ってよいと整理され、その基準額として置かれたのが100万円です。

押さえておきたい経緯

美術品は昔から経費にできた、というわけではありません。

平成26年12月の通達改正で取扱いが変わった結果、100万円未満のもの(平成27年1月1日以後の取得分)について償却が認められるようになった——という順序です。

改正前の古い情報がまだネット上に残っているため、この点は混乱しやすいところです。

100万円という線引き——未満と以上で扱いが変わる

現在の取扱いは、取得価額100万円を境に、はっきり二つに分かれます。

取得価額100万円未満の場合

原則として減価償却資産として扱われます。器具及び備品の「室内装飾品」に区分され、耐用年数は次のとおりです。

たとえば80万円の絵画を購入して待合室に飾った場合、8年かけて毎年10万円ずつ経費になっていくイメージです。

金額がさらに小さければ、少額減価償却資産の特例で一括経費にできる場合もあります(30万円未満、要件あり)。

この点は医療法人の少額減価償却資産の特例の記事で詳しく整理しています。

取得価額100万円以上の場合

こちらは原則として減価償却できません。「時の経過によりその価値が減少しないもの」とみなされ、非減価償却資産として扱われます。

具体的にどうなるかというと、300万円の絵画を買えば、貸借対照表に「美術品 300万円」と計上され、そのまま動きません。

損益計算書には1円も出てきません。売却するか除却するまで、経費にはならないということです。

取得価額税務上の扱い経費になるか
40万円未満
(令和8年4月1日以後の取得分。それ以前は30万円未満)
減価償却資産(少額減価償却資産の特例の対象になり得る) その事業年度に一括で経費にできる場合あり
30万円以上100万円未満 減価償却資産(室内装飾品) 耐用年数8年または15年で毎年経費
100万円以上 原則、非減価償却資産 原則、経費にならない
美術品は取得価額40万円未満なら少額減価償却資産の特例で一括経費、100万円未満なら耐用年数で減価償却、100万円以上は原則として減価償却できず経費にならないことを示した図。
取得価額が100万円以上かどうかで、経費にできるかが分かれます。

100万円以上でも償却できる例外はあるのか

100万円以上であっても、「時の経過によりその価値が減少することが明らかなもの」に該当すれば、償却が認められる余地はあります

ただし、この判定はかなり厳しく、目安として次のような点が問われます。

読んでいただければわかるとおり、これは建物と一体になった壁画やモニュメントのような、かなり特殊なケースを想定した要件です。

画廊で購入して待合室の壁に掛けた絵画は、まず当てはまりません。

掛け替えも持ち出しも自由にできますし、外して売れば市場価値も残ります。

注意

「うちは待合室という不特定多数が来る場所に飾っているから償却できるはずだ」という理屈は、3つの要件のうち1つだけを取り出した理解です。

移設困難であること、転用しても価値がないこと、この2点まで満たして初めて例外に乗ります。

高額な作品を購入する前に、必ず顧問税理士に確認してください。

正直に申し上げると、高額な美術品は「節税」になりません

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

「絵画で節税」という話が広まっているのは事実ですが、成り立つのは100万円未満の範囲だけです。

80万円の絵を買えば8年かけて経費にできますが、経費化される総額はあくまで80万円。

しかも1年あたり10万円ですから、法人税等の税率を30%と仮定しても、年間の税負担の軽減はおよそ3万円にとどまります。

数百万円の利益を圧縮する手段にはなりません。

そして、金額を上げれば効果が大きくなるかというと、逆です。100万円のラインを越えた瞬間、経費はゼロになります。500万円の絵を買っても、経費算入額は1円もありません。

手元の現金が500万円減り、その分だけ美術品という資産が増えるだけで、利益は1円も減らないのです。

当事務所の考え方

私たちは、行き過ぎた節税策を先生におすすめすることはしません。

美術品もその一つで、「節税のためにアートを買う」という発想そのものが、高額品では税務上成立しないというのが正確なところです。

もし購入をお考えなら、節税とは切り離して、資産として保有する意味院内に飾る価値で判断されることをおすすめします。

そのほうが、判断としても後悔が少ないはずです。

なお、美術品を法人の資産として持つこと自体には、別の論点もあります。

出資持分のある医療法人では、法人が保有する資産の評価が出資持分の評価に影響します。

値上がりする資産を法人で持つということは、将来の相続や持分承継の場面で評価額を押し上げる可能性があるということでもあります。

この点は理事長退職金と出資持分評価の記事とあわせてお読みいただくと、全体像がつかみやすいと思います。

それでも医療法人が絵を飾る理由——待合室という空間

では、美術品を買う意味はないのかというと、そんなことはありません。ただしそれは、税金とはまったく別の話です。

クリニックの待合室は、患者さんが最も長く滞在する場所です。多くの場合、体調が悪く、不安を抱えた状態で座っている。

その空間に何が掛かっているかは、患者さんが受け取る印象を確実に左右します。白い壁と機能的な椅子だけの空間と、一枚の絵がある空間とでは、待っている時間の感じ方が変わります。

これは自費診療の比率が高い診療科や、地域で長く続けていく方針の医院ほど、意味を持ちやすい投資です。

内装や照明にこだわるのと同じ延長線上に、ブランディングとしての美術品という選択肢があるということです。

加えて、作品によっては資産としての価値が保たれる、あるいは上がることもあります。

税務上「価値が減らない資産」とされているのは、裏を返せばそういう性質を認めているということでもあります。

ただしこれは投資であって、値下がりのリスクも当然にあります。売却時に思ったほどの値がつかないことも珍しくありません。

購入を検討する際の順序

①その作品を飾りたいか、院内の空間に合うか ②その金額を出す価値があると納得できるか ③結果として税務上どう扱われるか——この順番で考えるのが健全です。

③から入って①②を後付けすると、たいてい高い買い物になります。

医療法人の資金の使い道としては、設備投資、退職金の準備、内部留保での運用など、いくつもの選択肢があります。

美術品はその中の一つに過ぎません。

節税策としてではなく、資産形成と院内の付加価値向上という文脈で位置づける——それが、この件についての当事務所のスタンスです。

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。