医療法人化の相談では、どうしても「法人にすると何が増えるか」の話が中心になります。

役員報酬による所得分散、退職金、社宅出張日当——たしかに、法人でなければ使えない制度はいくつもあります。

ただ、その裏側で「個人だから使えていた制度を、法人化と引き換えに手放すことになる」という論点は、意外なほど抜け落ちがちです。

その代表が、小規模企業共済です。

すでに毎月7万円を積み立てていて、年間84万円の所得控除を受けている先生も少なくないはずです。

この記事では、制度の中身を確認したうえで、法人化したときにこの積み立てをどう扱うことになるのか、法人化の前に必ず確かめておくべきことを整理します。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

小規模企業共済とは何ですか。
独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する、小規模事業者の経営者が自分の退職金を積み立てる制度です。

掛金は月額1,000円〜70,000円で、支払った全額がその年の所得控除(小規模企業共済等掛金控除)になります。

受け取るときも退職所得または公的年金等の雑所得として扱われ、税制上はかなり有利な設計です。
医療法人になっても続けられますか。
原則として続けられません。
中小機構の公式FAQでは、医療法人は「直接営利を目的としない法人」とされ、その役員(理事長・理事)には加入資格がないことが明記されています。

ただし例外があり、個人事業を廃業せずに医療法人の理事長に就任した場合(分院を法人化して個人診療所を残すケースなど)は、個人事業主としての契約を継続できます。
個人事業を廃業した場合、積み立てたお金はどうなりますか。
多くの場合、心配はいりません。

法人成りで個人事業を廃業した場合は、「個人事業の廃業」を事由とするA共済金として、加入年月を問わず請求できます

A共済金は共済金の中で最も有利な区分で、原則として加入20年未満でも掛金の合計額を下回りません(掛金納付月数が6か月未満の場合は支給されない等の例外があります)。

任意解約(解約手当金)の元本割れとはまったく別の扱いです。

小規模企業共済とは——掛金が全額所得控除になる「経営者の退職金」

小規模企業共済は、独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営している共済制度です。

ひとことで言えば、会社員でいうところの退職金を、小規模事業者の経営者が自分で積み立てるための仕組みです。

使い勝手のよさは、税制上の扱いにあります。ポイントは3つです。

項目内容
掛金の額 月額1,000円〜70,000円(500円刻み)。年間で最大84万円まで積み立てられます
払うときの税務 支払った掛金の全額が所得控除(小規模企業共済等掛金控除)。前納した分も、一定の範囲でその年の控除に含められます
受け取るときの税務 一括で受け取る場合は退職所得、分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得として扱われます
その他 契約者向けの貸付制度があり、積立額の範囲で資金を借りられます
「入口も出口も優遇」という設計です

積み立てた年は所得控除で税負担が下がり、受け取る年は退職所得(退職所得控除があり、原則として残りの2分の1だけが課税対象)として扱われる。

払うときと受け取るときの両方で優遇があるのが、この制度が長く支持されてきた理由です。

所得税率の高い開業医の先生ほど、入口の効果は大きく出ます。

一方で、弱点もはっきりしています。

資金が長期間ロックされること予定利率が高くないため、増やす商品として見ると物足りないこと、そして次に述べる途中でやめたときの元本割れです。

「節税になるから」という理由だけで上限いっぱいまで積み立てるのは、必ずしも最適とは限りません。

途中でやめると元本割れすることがあります

自己都合による任意解約の場合、掛金の納付期間が短いうちは、受け取れる解約手当金が掛金の合計額を下回ります

一般に20年(240か月)未満の任意解約では掛金割れになると説明されています。

ただし、法人化にともなって個人事業を廃業する場合は「任意解約」ではなく「廃業」を事由とする共済金の請求になるため、この元本割れの話はそのまま当てはまりません。

詳しくは後述します。

加入できるのは誰か——「従業員数」の要件がある

ここからが本題です。小規模企業共済は、名前のとおり「小規模企業者」のための制度で、誰でも入れるわけではありません。

加入できる立場が制度上決められており、あわせて常時使用する従業員数の要件があります。

従業員数の基準は業種によって分かれており、20人以下とされる業種と、5人以下とされる業種があります。

医業・歯科医業は後者のグループ(サービス業)として扱われるのが一般的な整理で、常時使用する従業員が5人以下であることが前提になります。

「常時使用する従業員」の数え方に注意

ここでいう従業員には、院長(事業主)本人や、共同経営者として届け出た方は含まれません。また、家族従事者やごく短時間のパートの扱いなど、数え方には細かい取扱いがあります。

「うちはスタッフ6人だから対象外」と早合点する前に、正確な数え方を確認してください。逆に、拡大の過程で気づかないうちに要件を超えているケースもあります。

個人で開業されている先生の場合、スタッフの人数が基準内であれば、事業主として加入できることが多いのが実情です。

実際、開業のタイミングで加入し、そのまま毎月7万円を積み立てている先生は珍しくありません。

法人化したとき、この積み立てはどうなるのか

問題は、そこから医療法人を設立したときです。先生の立場は「個人事業主」から「医療法人の理事(理事長)」に変わります。

小規模企業共済の加入対象は、個人事業主のほか、共同経営者、会社等の役員、一定の組合や士業法人の社員といった形で制度上あらかじめ決められています

そして中小機構の公式FAQでは、医療法人は「直接営利を目的としない法人」であり、その役員(理事長・理事)は加入資格の対象にならないことが明記されています。

つまり、医療法人の理事長・理事という立場では、小規模企業共済に新規加入することはできません。

例外——個人事業を廃業せずに理事長へ就任する場合

ひとつ重要な例外があります。

個人医院の事業主として加入した先生が、個人事業を廃業せずに医療法人の理事長に就任した場合——たとえば分院を法人化して、個人の診療所を残すケースなど——は、個人事業主としての立場が続いているため、契約をそのまま継続できます

ご自身の法人化のスキームがどちらに当たるのかは、設計の段階で顧問税理士と確認してください。

個人事業を廃業した場合は「A共済金」——最も有利な扱いです

では、法人化にともなって個人事業を廃業した場合、積み立ててきたお金はどうなるのか。

ここは安心していただいてよいところです。

法人成りによる個人事業の廃業は「A共済金」の共済事由に当たり、加入年月を問わず請求できます。任意解約(解約手当金)でも準共済金でもなく、共済金の区分の中で最も有利な扱いです。

つまり、事由の整理さえ正しく行えば、法人化によって積み立てが目減りする心配は基本的にありません

ただし、共同経営者契約など、個別の契約状況によって扱いが異なる場合があります

実際の手続きの前に、中小機構(または委託取扱窓口である金融機関・商工会等)と顧問税理士に確認してください。

個人開業医は小規模企業共済に加入でき掛金は全額所得控除になるが、医療法人の理事長・理事には加入資格がない。個人事業を廃業した場合はA共済金として請求でき、原則として掛金合計を下回らない。任意解約の元本割れとは別の扱い。
法人化すると理事長は加入資格を失いますが、廃業によるA共済金は元本割れしません。

法人化後に使える代わりの制度

では、小規模企業共済が使えなくなったら、退職後の備えはどうするのか。ここは悲観する必要はありません。むしろ医療法人には、個人事業では使えなかった、より大きな仕組みがあります。

理事長退職金——法人が退職金を出せるようになります

個人事業では、ご自身に対して退職金を支払うという考え方自体が成り立ちません。

医療法人になれば、法人から理事長に退職金を支給し、法人側では損金、受け取る側では退職所得として扱うという道が開けます。

小規模企業共済で年84万円を積み立てるのとは、そもそも規模が違う話です。

詳しくは医療法人の理事長退職金|税制優遇と出資持分評価への影響で整理しています。

経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)

同じ中小機構が運営する、取引先の倒産に備えるための共済です。

掛金を損金・必要経費にできる点で決算対策の定番とされますが、医療法人は加入できません(中小機構の加入資格で対象外)。

使えるのは法人成り前の個人開業医と、要件を満たすMS法人等です。経営セーフティ共済の記事で別途整理しています。

iDeCo(個人型確定拠出年金)

小規模企業共済と同じ小規模企業共済等掛金控除の対象で、こちらは立場が変わっても、条件を満たせば継続できる可能性があります。

掛金の上限は加入区分によって変わるため、法人化にともなって拠出できる額が変動する点は要注意です。

「失う」より「置き換わる」と捉えてください

小規模企業共済は個人の所得控除、理事長退職金は法人の損金と、そもそも効き方が違います。

法人化とは、個人の所得を圧縮する打ち手から、法人と個人を組み合わせる打ち手へ、ツールが入れ替わることだと考えると整理しやすくなります。

ただし入れ替えの瞬間に穴が空くと、そこで損が出ます。穴を空けないための事前確認が、この記事の主旨です。

法人化のチェックリストに、この一項目を

医療法人化の検討では、税負担のシミュレーションが中心になります。

それは当然として、「いま個人で使っている制度のうち、法人化によって使えなくなるものはないか」という視点を、ぜひチェックリストに1行加えてください。

小規模企業共済は、その筆頭です。

確認していただきたいのは、次の3点です。

この3点がはっきりすれば、法人化のメリット・デメリットの計算に、正しい数字を入れられます。

医療法人の理事は原則として加入・継続ができない一方、廃業にともなう請求はA共済金として有利に扱われるため、仕組みを正しく踏まえて手続きすれば大きく損をする論点ではありません。

逆に、事由の整理を誤ると受け取れる金額や課税が変わりうるため、手続きの前の確認は省略しないでください

なお、法人化を見送るべきケース全般については、医療法人にしないほうがいい人|見送るべき5つのケースもあわせてご覧ください。

法人化で「失うもの」も含めて、数字で確かめませんか。

医療法人化のご相談では、増えるメリットだけでなく、いま使えている制度がどうなるかまで含めて確認しています。

小規模企業共済に加入されている先生は、加入時期と掛金額をお手元にご用意ください。

「医療法人化シミュレーション」とあわせて、先生の数字で整理してお伝えします。

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。