理事長おひとりに集中している法人の利益を、ご家族にも分けられないか——医療法人化を検討される先生から、よくいただくご相談です。
結論から言うと、方法はあります。ただし医療法人には「配当」という選択肢がないため、ご家族を理事に迎え、理事報酬という形で分散するのが基本になります。
この記事では、所得分散の考え方と、実務で気をつけるべき点を整理します。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 医療法人の所得分散とは何ですか。
- 理事長おひとりに集中しがちな報酬を、ご家族を理事に迎えて分けることです。所得税は累進課税なので、1人に集中させるより、複数人に分けたほうが世帯全体の税負担は下がりやすくなります。
- なぜ医療法人では「理事報酬」なのですか。
- 医療法人は剰余金の配当が法律で禁止されているためです。
株式会社であれば配当という選択肢もありますが、医療法人にはありません。
家族に利益を渡す手段は、実質的に給与(理事報酬)しかありません。 - 気をつけることは何ですか。
- 実際に法人の業務に従事していること、報酬額が職務内容に見合っていることの2つです。勤務実態のない「名ばかり理事」への報酬は、税務調査で否認される典型的なパターンです。
所得分散とは——累進課税だからこそ効く仕組み
日本の所得税は累進課税です。課税される所得が大きくなるほど、その部分に適用される税率が上がっていきます。
国税庁が示す速算表では、課税所得のうち195万円以下の部分は5%、900万円超1,800万円以下の部分は33%、というように段階的に税率が上がる仕組みになっています。
この仕組みの上では、1人に1,000万円が集中している状態より、2人に500万円ずつ分かれている状態のほうが、世帯全体で見た税負担は軽くなります。
これが所得分散の基本的な考え方です。
医療法人の場合、理事長のご家族を理事に迎え、実際に業務を担っていただいたうえで理事報酬を支払うことで、この分散を実現します。
理事長の報酬を減らして、その分を家族の理事報酬に回す。
法人が支払う報酬の総額は変わらなくても、受け取る人数が増えれば、世帯単位で見た所得税の合計額は下がりやすくなります。
ただし、これは「税額を減らす魔法」ではなく、あくまで累進課税の性質を利用した配分の見直しです。
医療法人だからこそ「理事報酬」で分散する
一般の株式会社であれば、家族を株主にして配当を出すという方法もあります。しかし医療法人には、剰余金の配当が法律で禁止されているという決定的な制約があります。
この制約があるために、医療法人が家族に利益を渡す方法は、実質的に理事報酬(給与)にほぼ限られます。
裏を返せば、理事という立場で法人の運営に関わっていただくこと自体が、医療法人における所得分散の出発点になるということです。
具体例で試算——報酬を分けると、税額はどう変わるか
考え方を、仮の数字で確認してみます。以下は所得税のみを対象にした簡略計算で、住民税・社会保険料・給与所得控除などは含みません。実際の効果とは異なります。
課税所得1,000万円が理事長おひとりに集中している場合と、理事長800万円・配偶者(理事)200万円に分けた場合を比べます。
| ケース | 所得税額(概算) |
|---|---|
| 理事長のみ:課税所得1,000万円 | 1,000万円×33%-1,536,000円=1,764,000円 |
| 分散後:理事長800万円+配偶者200万円 |
理事長:800万円×23%-636,000円=1,204,000円 配偶者:200万円×10%-97,500円=102,500円 合計:1,306,500円 |
この前提では、所得税だけで年間およそ457,500円の差になります。人数を分けるほど、高い税率がかかる部分を減らせるというのが、所得分散の効果です。
出典:国税庁「所得税の速算表」に基づく概算計算(2026年8月時点の税率・控除額)
実際には住民税や社会保険料の影響も大きく、これらを含めると結果は変わります。
特に理事に報酬を支払うと、多くの場合社会保険(健康保険・厚生年金)の対象になり、法人・本人の双方に新たな保険料負担が生じます。
医療法人化シミュレーションや決算書ワンポイント診断では、こうした前提を含めてご説明します。
家族を理事にする際に気をつけること
所得分散は、実務上のハードルを踏まえずに行うと、税務調査でそのまま否認される可能性があります。特に注意したいのは次の2点です。
1つ目は、勤務実態です。理事に就任していても、実際には法人の運営に一切関わっていない「名ばかり理事」への報酬は、職務の対価と認められません。
経理・労務管理・院内の運営会議への参加など、実際に担っている業務を説明できる状態にしておく必要があります。
2つ目は、報酬額の妥当性です。役員報酬全般に共通する話ですが、従事している職務の内容に見合わない高額な報酬は「不相当に高額」として、超過部分が損金として認められません。
家族への報酬は、他の理事・スタッフとのバランスも含めて、税務調査で真っ先に確認される項目です。
勤務実態が説明できない/職務内容に見合わない高額な報酬になっている/期の途中で理由なく報酬を増減させている(役員報酬の改定は原則、事業年度開始から3か月以内に限られます)といったケースは、家族に限らず否認の典型的なパターンです。
理事の人数要件という、もう一つの理由
家族を理事にする理由は、節税だけではありません。
医療法人(社団)は、原則として理事3名以上・監事1名以上を置く必要があります(都道府県知事の認可を受ければ理事を1名または2名にできる例外もあります)。
設立の際、ご家族に理事を担っていただくことは、この人数要件を満たす現実的な選択肢にもなります。
一方で、監事には理事長のご家族や、理事・職員と特別な利害関係がある方は就任できません。
理事と監事とでは、家族が担える役割がまったく逆になる点も、あわせて押さえておきたいところです。
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最終更新:2026年9月1日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。