会計の窓口で、「これ、医療費控除に使えますか」と患者さんから聞かれたことはありませんか。

年明けから3月にかけて、受付のスタッフが対応に困る質問の代表格です。

税金の話でありながら、患者さんにとって最初に相談したくなる相手は税務署ではなく、目の前の医療機関だからです。

医療費控除は、先生ご自身の法人の税金とは直接関係しません。

それでも知っておく価値があるのは、医療機関が「聞かれる側」に立たされる、数少ない税金のテーマだからです。

この記事では制度の中身を整理したうえで、窓口でどこまで答え、どこから先は税務署や税理士に案内すべきかという線引きまで踏み込みます。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

医療費控除とは、どういう制度ですか。
本人または生計を一にする配偶者・親族のために支払った医療費が、1年間で一定額(原則10万円

総所得金額等が200万円未満の方はその5%)を超えた場合に、超えた部分が所得控除になる制度です。

控除額の上限は200万円です。
患者さんによく聞かれるのは、どんなことですか。
圧倒的に多いのが「これは対象になるか」という線引きの質問です。

健康診断・人間ドック、予防接種、美容目的の施術、通院の交通費あたりが定番で、なかでも健診には「結果を受けて治療に入った場合は対象になりうる」という例外があり、ここが誤解を生みやすいところです。
医療機関として、どこまで答えるべきですか。
一般的な制度の説明までに留めるのが安全です。
個々の患者さんの申告が通るかどうかの判断は、税務署または税理士に確認いただくよう案内するのが原則です。

医療機関が断定的に「大丈夫です」と答えてしまうと、後で否認されたときにトラブルの火種になります。

医療費控除の基本——いくらから、いくらまで

まず制度の骨格です。医療費控除は、その年の1月1日から12月31日までに実際に支払った医療費が対象になります。

対象は本人の分だけではなく、生計を一にする配偶者やその他の親族のために支払った分も合算できます。

仕送りをしている大学生の子や、離れて暮らす親の医療費も、生計が一つと認められれば含められるということです。

控除額の計算は、支払った医療費の合計から、まず保険金などで補てんされた金額を差し引き、そこからさらに10万円(総所得金額等が200万円未満の方は、その5%)を引いた残りです。

控除できる上限は200万円です。

よくある勘違い:「10万円戻ってくる」ではありません

患者さんが最も誤解しやすいのが、控除額と還付額の違いです。

医療費控除は所得から差し引く「所得控除」であって、税額をそのまま減らすものではありません。

仮に控除額が20万円でも、実際に戻る所得税はその方の税率分だけです。

「思ったより少なかった」という不満は、たいていこの誤解から生まれます。

窓口で金額の話に踏み込まないほうがよいのは、このためでもあります。

なお、支払った医療費に対して保険金や高額療養費、出産育児一時金などの補てんがあった場合は、それを差し引く必要があります。

しかも差し引くのは「その給付の対象となった医療費」からであって、年間の総額から一律に引くわけではありません。

この処理は患者さんが独力でやると間違いやすいところで、まさに税務署や税理士に確認していただきたい領域です。

対象になるもの・ならないもの——窓口で聞かれる線引き

実際に窓口で飛んでくる質問のほとんどは、金額の計算ではなく「これは対象になりますか」です。代表的なものを整理しておきます。

区分対象になりうるもの対象にならないもの
診療・治療 医師・歯科医師による診療または治療の対価 美容目的の施術・処置
施術 治療のためのあん摩マッサージ指圧・はり・きゅう(国家資格を持つ施術者によるもの) 疲れを癒す・体調を整える目的のマッサージ等
医薬品 治療または療養に必要な医薬品の購入費(市販薬を含む) 健康増進・予防目的のサプリメント、ビタミン剤など
通院にかかる費用 通院のための電車・バスなど公共交通機関の交通費(症状により必要なタクシー代を含む場合あり) 自家用車のガソリン代・駐車場代、自己都合によるタクシー代
検査 健診の結果、重大な疾病が見つかり引き続き治療を受けた場合の健診費用(次章で詳述) 健康診断・人間ドックの費用(上記の例外に当たらないもの)
予防 予防接種の費用
眼科 視力回復を目的としたレーシック手術など、治療にあたるもの 眼鏡・コンタクトレンズの購入費(治療のために医師の指示で装用する特定のものを除く)

表にすると単純に見えますが、実際の判定を分けているのは「治療目的か、そうでないか」という一本の軸です。

同じ施術・同じ商品でも、治療のために受けたのか、健康維持や美容のために受けたのかで結論が変わります。

行為の名前ではなく、目的で決まる——ここを押さえておくと、窓口での説明がぶれません。

交通費は「領収書がない」ことが多い

電車やバスの運賃には領収書が出ません。

この場合、通院した日付・行き先・経路・金額をメモで残しておけばよいのが一般的な扱いです。

患者さんから「証明書を出してもらえますか」と求められることがありますが、医療機関が交通費を証明する立場にはありません。

受診日の記録は領収書や診療明細で足りることを伝えれば十分です。

医療費控除は1年間に支払った医療費から原則10万円を差し引いた部分が所得控除になり上限は200万円。診療の対価や治療のための医薬品は対象、美容目的や予防目的は対象外。健診は治療につながった場合のみ対象になりうる。
10万円を超えた部分が控除になります。対象・対象外の線引きは左右で比べてください。

健診と人間ドックの「例外」——ここがいちばん誤解される

医療費控除の質問のなかで、医療機関がいちばん慎重に扱うべきなのが健康診断・人間ドックです。

原則として、健診や人間ドックの費用は医療費控除の対象になりません。病気を治すために受けたものではなく、健康状態を調べるために受けたものだからです。

ただし、重要な例外があります。

健診や人間ドックの結果、重大な疾病が見つかり、その健診に引き続いて治療を受けた場合には、その健診費用も治療に先立つ診察と同じ位置づけとして、医療費控除の対象になりうるとされています。

ここを曖昧に答えないでください

この例外は「疾病が見つかった」だけでは足りず、引き続き治療を受けたことがポイントです。

所見はあったが経過観察となった、あるいは治療の必要がなかったというケースまで含めて「対象になります」と窓口で答えてしまうと、後で否認されたときに医療機関の説明が原因だったことになりかねません。

「例外に当たる可能性があるので、税務署か税理士にご確認ください」——ここで止めるのが、いちばん安全な答え方です。

自院で人間ドックを提供している医療法人の場合、この質問は確実に来ます。

受付スタッフ全員が同じ答え方をできるよう、あらかじめ言い回しを決めておくことをおすすめします。

個々の判断はしない、けれど「原則は対象外」「治療につながった場合は例外がある」という2点だけは正確に伝える。

この形が現実的です。

セルフメディケーション税制と、5年さかのぼれる還付申告

セルフメディケーション税制は「どちらか一方」

市販薬をよく買う患者さんから、こちらの名前が出てくることもあります。

セルフメディケーション税制は、対象となる特定の市販薬(スイッチOTC医薬品など)の購入額をもとに所得控除を受けられる特例です。

通常の医療費控除より低い金額から使えるため、大きな治療費はないが市販薬の購入が多い、という方には有利になることがあります。

注意すべきは、通常の医療費控除との選択適用だという点です。

両方を同時に使うことはできず、どちらか有利なほうを選ぶことになります。

また、この特例を使うには健康診断や予防接種など一定の健康の保持増進・疾病予防の取組を行っていることが条件とされています。

皮肉なようですが、医療費控除では対象外の健診・予防接種が、こちらでは適用の前提になるという関係です。

医療機関にとっての接点

この取組要件があるため、健診や予防接種の領収書・結果通知が、患者さんにとって必要書類になることがあります。

「予防接種の領収書をなくしたので再発行してほしい」という依頼の背景に、この制度があるケースは少なくありません。

窓口で理由を聞いて構いませんが、どちらの制度を使うべきかの助言までは踏み込まないのが無難です。

還付申告は5年間さかのぼれる

「去年やり忘れました」と言われたときの答えがこれです。

もともと確定申告の義務がない給与所得者などが、還付を受けるために行う申告(還付申告)は、その年の翌年1月1日から5年間可能とされています。

つまり、数年前に大きな入院・手術があったのに申告していなかった、という方でも、まださかのぼれる可能性があるということです。

ここは患者さんに喜ばれる情報でもあるのですが、すでに確定申告をしている方が後から医療費控除を追加する場合は「更正の請求」という別の手続きになり、期限の考え方も変わります。

「5年戻れます」と一律に伝えると、かえって混乱させることがあります。

「過去の分でも間に合う場合があるので、税務署にご相談ください」くらいの案内が、ちょうどよい距離感です。

医療機関側の実務——領収書の再発行と、答え方の作法

領収書の提出は不要になったが、それで終わりではない

かつて医療費控除といえば、1年分の領収書を封筒に詰めて提出するものでした。

現在は領収書そのものの提出は不要となり、代わりに「医療費控除の明細書」の作成・提出が求められる形に変わっています。

加入している健康保険の保険者から送られてくる「医療費通知」を添付すれば、明細の記入を簡略化できる仕組みもあります。

ただし、提出が不要になっただけで、領収書が要らなくなったわけではありません。

申告した内容を確認するために領収書の提示や提出を求められることがあるため、患者さん側には一定期間の保存が必要とされています。

この点が知られていないため、「もう捨ててしまった、再発行してほしい」という依頼が医療機関に来るわけです。

領収書の再発行は、方針を決めておく

医療費の領収書は、再発行に応じる義務があるものではありません。とはいえ患者さんとの関係を考えると、機械的に断るのも現実的ではないでしょう。

多くの医療機関では、再発行はせず「支払証明書」等の別書式で対応し、必要に応じて実費を申し受けるという運用を取っています。

重要なのは、誰が対応しても同じ結論になるよう、院内のルールとして決めておくことです。

窓口ごとに対応が違うと、それ自体がクレームの原因になります。

断定的に答えないことが、医療機関を守ります

最後に、この記事でいちばんお伝えしたい点です。

医療機関が患者さんに税務上の断定的なアドバイスをすることには、相応のリスクがあります。

「対象になりますよ」と言われたから申告したのに否認された、という事態になれば、患者さんの不満は説明した医療機関に向かいます。

金額の大小にかかわらず、信頼関係を損ねる出来事です。

そのうえ、税務の個別判断は本来税理士の業務領域にあたります。善意のつもりでも、踏み込みすぎることは医療機関にとって得になりません。

窓口で使える、安全な答え方

「一般的にはこういう制度です」までを説明し、「先生の場合に当てはまるかどうかは、税務署か税理士にご確認ください」で締める。

この2段構えを院内で共通化しておけば、スタッフが判断に迷うことも、後でトラブルになることもほぼなくなります。

制度の概要を1枚にまとめた案内を用意し、それをお渡しするだけにする、という方法も有効です。

医療費控除は、先生の法人の税金には直接影響しないテーマです。

それでも、患者さんとの接点で税金の話が発生する以上、院内の対応方針を持っておくこと自体が経営の仕事です。

年明けの繁忙期を迎える前に、一度スタッフと確認しておかれることをおすすめします。

先生ご自身の確定申告で確認しておきたいことは、こちらにまとめています。→ 理事長が年末までに確認したい、個人の節税チェックリスト

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。