「毎月の役員報酬を下げて、そのぶんを賞与でまとめて出せば、社会保険料が大きく減りますよ」

この提案を受けたことのある理事長は多いはずです。 事前確定届出給与——あらかじめ税務署に届け出ておけば、理事にも経費になる賞与を出せる仕組みを使います。

仕組みとしては、たしかに成り立ちます。 ただ、先生の医院が医師国保・歯科医師国保に入っているなら、この方法はほとんど効きません。

理由は単純です。医師国保の保険料は、報酬がいくらでも変わらないから。

この記事の結論

なぜ賞与に寄せると保険料が減るのですか。
保険料の計算に上限があるからです。毎月の給料は健康保険が139万円、厚生年金が65万円で頭打ち。賞与のほうは健康保険が1年で573万円、厚生年金が1回150万円で頭打ち。年収を賞与に寄せると、この上限を超えた部分に保険料がかからなくなります。
なぜ医師国保だと効かないのですか。
医師国保・歯科医師国保の保険料は決まった金額だからです。報酬が多くても少なくても、毎月でも賞与でも、保険料は変わりません。つまり減らせる健康保険料が、そもそも存在しません。残るのは厚生年金だけです。
厚生年金でも効かないのですか。
ほとんど効きません。厚生年金は月65万円で頭打ちです。役員報酬が月100万円の理事長は、もう上限に張りついています。月65万円まで下げないと、保険料は1円も変わりません。報酬が高い理事長ほど、効き目が小さくなります。

なぜ賞与に寄せると、保険料が減るのか

社会保険料は、報酬の額をそのまま使って計算するのではありません。 いくつかの段(ランク)に当てはめて計算します。そしてその段には、上限があります。

 毎月の給料賞与
健康保険上限139万円上限1年で573万円
厚生年金上限65万円上限1回150万円

ここがポイントです。上限を超えた分には、保険料がかかりません。 1回500万円の賞与を出しても、厚生年金の保険料は150万円分にしかかかりません。

だから「年収を毎月に薄く分ける」より、「賞与にまとめる」ほうが、 上限に当たる部分が増えて保険料が下がる。これが、この方法の理屈です。

医師国保だと、健康保険料は動きません

ここからが本題です。

医療法人にしたあとも、医師国保・歯科医師国保を続けている医院があります。 福岡でも、決して珍しくありません。

医師国保・歯科医師国保の保険料は、組合員の区分と年齢で決まる、決まった金額です。 報酬がいくらでも変わりません。

 協会けんぽの医院医師国保・歯科医師国保の医院
健康保険料の決まり方報酬に合わせて変わる決まった金額(報酬と関係ない)
毎月の報酬を下げたら保険料が下がる変わらない
賞与に寄せたら上限まで寄せれば下がる変わらない

つまり医師国保の医院では、この方法で減らせる健康保険料が、そもそもありません。 残るのは厚生年金だけです。

「社保が大きく減ります」と言われたら

まずうちはどちらなのかを確認してください。

医師国保・歯科医師国保に入っている医院に対して「健康保険料が◯◯万円減ります」という試算が出てきたら、 その試算は前提から間違っています。

厚生年金も、月65万円で頭打ちです

では、残った厚生年金ではどうか。ここにも限界があります。

厚生年金は、月65万円で頭打ちです。健康保険の139万円と比べると、かなり低い。 保険料が将来の年金額につながる制度だからです。

そして理事長の役員報酬は、月100万円、150万円という水準がふつうです。 この時点で、もう上限に張りついています。

毎月の役員報酬厚生年金の計算に使う額下げたときの効果
150万円65万円(上限)65万円を下回るまで下げないと、まったく変わりません
100万円65万円(上限)
70万円65万円(上限)
50万円50万円ここまで下げて、やっと変わります

月150万円の報酬を60万円まで下げて、残りを賞与にまわす。 そこまでやって、はじめて厚生年金の保険料が動きます。

医院の資金繰りにも、先生の生活にも、かなり影響する変更です。

つまり、効くのはこういう医院だけです

医院の状況効き目
協会けんぽ/役員報酬が月139万円より少ない効きます(健康保険で。下げるほど下がる)
協会けんぽ/役員報酬が月139万円以上健康保険も上限。139万円より下げれば効きます
医師国保・歯科医師国保/報酬が月65万円より多いほとんど効きません
医師国保・歯科医師国保/報酬が月65万円以下厚生年金でわずかに効きますが、そこまで報酬を下げる意味を先に考えるべきです

はっきり効くのは「協会けんぽで、役員報酬が月139万円より少ない理事長」だけ、ということになります。 医師国保の医院では、手間に見合いません。

その65万円が、75万円まで上がります

前提が変わる話もあります。年金の制度改正で、 厚生年金の上限が、3年かけて65万円から75万円へ段階的に上がります。

上限が上がるということは、いま上限に張りついている理事長の保険料が上がるということです。 医院の負担も、先生ご自身の負担も増えます。

同時に、この方法の計算も変わります。 いま出した試算が、来年そのまま通用するとは限りません。

減らした分だけ、もらえるものも減ります

社会保険料は税金と違って、払った分が給付として返ってきます。減らせば、返ってくるものも減ります。

院長が倒れたら、医院の収入は止まります

「保険料を減らす」ことと「働けなくなったときの備えを減らす」ことは、同じ操作の表と裏です。

金額だけで決めず、ご家族と医院の体制もあわせて考えてください。

やるなら、税金の面のリスクも見てください

事前確定届出給与そのものは、使える制度です。ただ、使い方には限度があります。

毎月の役員報酬を極端に低くして、賞与の比率を不自然に高くすると、 「わざと操作している」と見られることがあります。 そうなると賞与が経費にならず、法人税を追加で払うことになりかねません。

それに、この制度は1円でも1日でもずれたらアウトという厳しいものです。 届け出た金額・日付とぴったり合わないと、賞与の全額が経費になりません。 届出の期限を含めた実務は、医療法人の事前確定届出給与にまとめています。

当事務所では、行き過ぎた節税はしないという考え方でご案内しています。 社会保険料も同じです。まず、うちがどちらの保険なのかを確認する。

医師国保なら、この方法に時間を使う意味はありません。 役員報酬そのものの水準や、ご家族への所得分散を考えるほうが、はるかに効きます。

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最終更新:2026年9月11日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年9月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。医師国保・歯科医師国保の保険料および給付内容は組合ごとに異なりますので、必ずご加入の組合にご確認ください。実際のご判断にあたっては、税理士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。