スタッフの雇用契約、医療機器のリース契約、分院の賃貸借契約、非常勤医師との業務委託契約。

あらためて数えてみると、医療法人は驚くほど多くの契約を抱えている業種です。

それにもかかわらず、「長い付き合いだから」「前から同じ条件でやってきたから」という理由で、書面を交わさないまま続いている取り決めが残っていることは、実務でよく見かけます。

契約書を整えることは、後で揉めないための備えであると同時に、印紙代という目に見えるコストを削る入口でもあります。

紙でやり取りしていた契約を電子契約に切り替えると、収入印紙の負担・締結までの時間・保管の手間が、まとめて軽くなるからです。

この記事では、契約書を整備する意味と、電子契約に切り替えたときに何が変わるのかを整理します。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

そもそも、契約書はなぜ必要なのですか。
口約束や曖昧な取り決めのままだと、後になって「言った・言わない」の争いになったときに、法人を守る材料が何も残りません。
未払いや業務範囲の食い違いといったトラブルは、契約書があれば防げたものがほとんどです。

契約書は、揉めたときのためというより揉めないための道具だとお考えください。
電子契約にすると、印紙税はかからなくなりますか。
紙の契約書に貼っていた収入印紙は、電子データだけでやり取りする契約であれば不要と考えられているのが一般的な理解です。

ただし取扱いは契約の性質や交付・保存の方法によって変わり得るため、金額の大きい契約ほど、切り替える前に必ず個別に確認してください。
医療法人にとって、特にメリットが大きいのはなぜですか。
契約書の数が多くなりやすい業種だからです。
雇用契約・リース契約・賃貸借契約・業務委託契約と種類が多く、分院展開や非常勤医師の入れ替わりがあると、締結する回数もそのぶん増えます。

1件あたりの効果は小さくても、件数が多いほど積み上がります。

契約書を整える意味——口約束では法人を守れない

契約書がなくても、日々の業務は回ります。問題が起きなければ、書面の有無は誰も気にしません。

契約書の値打ちが出るのは、想定していなかったことが起きたときだけです。

だからこそ後回しになりやすく、後回しにしたまま何年も経っている、というのがよくある状態です。

実務で実際に揉めるのは、たいてい次のような場面です。

いずれも、契約書に一行書いてあれば争いにならなかった類のものです。

逆にいえば、契約書に盛り込むべき中身は、そう複雑ではありません。

何をやるのか(やらないのか)、いくらをいつ払うのか、どうやって終わらせるのか

この3点が明確なら、多くのトラブルは起きる前に消えます。

契約書は「相手を縛るもの」ではありません

契約書を持ち出すと関係がぎくしゃくするのでは、と気にされる先生もいらっしゃいます。

ただ実際には、条件をはっきりさせておくほうが、お互いに動きやすくなります。相手にとっても、何をどこまで期待されているのかがわかるほうが仕事はしやすいものです。

契約書は、信頼関係を疑う道具ではなく、信頼関係を長持ちさせる道具だと考えています。

医療法人は、契約書の数が多くなりやすい

医療法人が抱える契約は、思っている以上に多岐にわたります。代表的なものを挙げてみます。

契約の種類相手方・場面
雇用契約 常勤・パートの看護師、医療事務、受付スタッフ。採用のたびに発生し、更新もある
業務委託契約 非常勤医師、外部の産業医、清掃・保守などの外注先
リース契約 医療機器、電子カルテ、複合機、車両
賃貸借契約 診療所・分院の物件、駐車場、倉庫
取引基本契約 医薬品卸、医療材料の仕入先、検査会社
その他 ホームページ制作・広告、システム保守、顧問契約

ここに分院展開が加わると、物件の賃貸借契約とスタッフの雇用契約が丸ごと1セット増えます。

非常勤医師は入れ替わりが起きやすく、そのたびに業務委託契約を締結し直すことになります。

つまり医療法人は、契約の「種類」も「回数」も多くなりやすい構造を持っているわけです。

1件ずつ見れば、印紙代も締結の手間もたいした金額ではありません。

しかし件数が多い以上、単価の小さい非効率が、法人全体では無視できない量になって溜まっていきます。電子契約の効果が医療法人で大きく出るのは、まさにこの点です。

医療法人は雇用契約、業務委託契約、リース契約、賃貸借契約、取引基本契約と契約書の種類が多く、件数も多い。電子契約に切り替えると収入印紙が不要になり、件数が多いほど効果が積み上がる。
医療法人で発生する契約の種類。件数が多いほど、電子化の効果が積み上がります。

電子契約に切り替えると、何が変わるのか

クラウドサインをはじめとする電子契約サービスを使うと、契約書の作成から締結・保管までが、すべて画面の上で完結します。紙・印鑑・郵送というこれまでの流れが、次のように変わります。

1. 収入印紙が不要になる(と考えられている)

印紙税は、紙の文書として作成された「課税文書」に対してかかる税金です。

電子データのやり取りだけで契約が成立し、紙の文書を作成しないのであれば、そもそも課税の対象になる文書が存在しない——というのが、一般的な理解です。

実務上も、電子契約に印紙を貼るという運用は行われていません。

効果が大きいのは、金額の大きい契約件数の多い契約です。

医療機器のリース、分院の賃貸借、工事の請負といった契約は、1通あたりの印紙代がそれなりの金額になります。

この論点は医療法人の収入印紙|領収書・契約書の印紙税の考え方でも整理しています。

2. 締結までのスピードが上がる

紙の契約では、印刷して押印し、封筒に入れて郵送し、相手の押印を待って返送してもらう、という往復が発生します。

早くて数日、相手の都合によっては数週間かかることも珍しくありません。

電子契約なら、送信から締結まで同じ日のうちに終わることもあります。

非常勤医師との業務委託契約のように、勤務開始日が迫っているのに書面が間に合わないという場面では、この差がそのまま効いてきます。

3. 保管と検索が楽になり、紛失しなくなる

紙の契約書は、キャビネットのどこかにあるはずなのに見つからない、というのが最大の弱点です。

電子契約なら、締結した契約はサービス上に一覧で残り、相手方名や締結日で検索できます。誰がいつ締結したかの記録も残るため、引き継ぎのときにも困りません。

「節税」というより、3つの効果の合わせ技です

電子契約を印紙代の節約だけで評価すると、法人によっては「年に数万円」という話で終わってしまいます。

実際の値打ちは、①印紙代の削減/②締結にかかる時間の短縮/③保管・紛失リスクの解消を合わせたところにあります。

コスト削減と業務効率化とリスクヘッジを、同じ一手で取りにいけるという整理のほうが実態に近いはずです。

印紙税の取扱い——「かからない」と言い切る前に

前の章では「電子契約なら印紙が不要と考えられている」と書きました。ただし、ここは言い切らずに確認していただきたい論点です。

注意

印紙税がかかるかどうかは、契約の性質(どの号の課税文書に当たるか)と、実際にどのような形で作成・交付・保存したかによって判断されます。

「電子契約サービスを使っているから一律で不要」と考えるのは危険です。

とくに、電子で締結したあとに紙に出力して製本し、押印して相手方に渡しているような運用になっていると、話が変わってくる可能性があります。

金額の大きい契約ほど、切り替える前に個別に確認してください。

とはいえ、実務で扱う契約の大半は、正しく電子のまま完結させれば問題になりません。

「電子で締結したものは、電子のまま保存し、紙には戻さない」という運用ルールを最初に決めておけば、迷う場面はほとんどなくなります。

導入の進め方と、つまずきやすいところ

いきなり全部を電子に切り替えようとすると、必ず止まります。相手のある話だからです。おすすめは、次の順序です。

手順1:いま交わしている契約を一覧にする

まずは棚卸しです。契約の種類・相手方・締結日・更新時期・印紙の有無を一覧にします。

ここで、そもそも書面を交わしていない取り決めが見つかることがよくあります。

電子契約の導入以前に、これが最大の収穫になるケースも少なくありません。

手順2:自法人が主導権を持てる契約から始める

雇用契約や非常勤医師との業務委託契約のように、法人側が書式を用意する契約から始めるとスムーズです。

逆に、卸やリース会社のように相手方の書式で締結する契約は、相手のやり方に合わせる必要があるため、後回しで構いません。

手順3:ひな形を整えてから、サービスに載せる

電子契約サービスは、あくまで締結の手段です。

中身が曖昧な契約書を電子化しても、曖昧なまま速く締結できるようになるだけです。

ひな形の見直しを先に済ませてから、サービスに載せてください。

つまずきやすいところ

相手方が電子契約に対応していない(この場合は紙のまま進めるほかありません)/誰が送信ボタンを押すのかが決まっていない(法人内の承認手順を先に決めてください)/電子で締結したのに紙で保管し直している(手間が二重になり、印紙税の整理も崩れます)/ひな形が古いまま電子化した(内容が実態と合っていない契約が量産されます)。

契約書の整備は、節税策のように派手な効果が出るものではありません。

それでも、年に一度は契約の一覧を見直すという習慣を持っている法人は、トラブルの起こり方がまったく違います。

分院を出す、機器を入れ替える、といった節目のタイミングで、まとめて手を付けるのがおすすめです。

契約まわりの整備も、まとめてご相談ください。

当事務所は税理士と行政書士の両方の資格を持ち、契約書のひな形整備から税務上の取扱いの確認まで、窓口を分けずにご相談いただけます。

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。