「小さな法人を作って、役員報酬を低くすれば、社会保険料がぐっと下がります」。 いわゆるマイクロ法人の話です。医師・歯科医師向けに、この形を勧める営業も見かけます。
2026年、厚生労働省がこの周辺に通知を2本出しました。 問題にしているのは、法人で働いている実態がないのに、社会保険に入るためだけに役員や正職員の形をとるケースです。 実態がなければ、健康保険・厚生年金の資格を外す、と書いています。
ただし、マイクロ法人そのものが禁止されたわけではありません。 見られるのは「法人を作ったかどうか」ではなく、報酬が仕事の対価になっているか、役員として本当に仕事をしているかです。
この記事では、通知に書かれていることだけを整理し、勤務医・フリーランスの先生、個人開業の院長、MS法人を持つ理事長のそれぞれで、どこが危ないかを分けて説明します。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 厚生労働省は、何を問題にしたのですか。
- 個人事業主やフリーランスを法人の役員にして社会保険に入れ、会費などの名目で報酬以上のお金を払わせる形です。2026年3月18日に通知を出し、9月14日に範囲を広げました。法人で働いている実態がないと確認されれば、資格を喪失させる扱いです。
- マイクロ法人は、もう使えないのですか。
- 法人を作ること自体は否定されていません。見られるのは2点です。報酬が仕事の対価として払われているか。役員の仕事が、法人の経営に参加する継続的な仕事か。名前だけの役員や、自分が払ったお金がそのまま報酬に戻る形は、通知の文言に当てはまりやすくなります。
- 医師・歯科医師で、とくに気をつける形は。
- 勉強会の法人の理事になって会費を払う形、自分の医院から法人に委託料を払って少ない報酬を受ける形、家族をMS法人の名前だけの役員にする形です。医療法人の理事長ご本人は、すでに社会保険に入っているので、別法人で保険料が下がる話にはなりません。
厚生労働省が出した2本の通知
どちらも、厚生労働省の保険局保険課長と年金局事業管理課長の連名で、協会けんぽ・健康保険組合・日本年金機構に宛てた通知です。 つまり、社会保険の加入を確認する側への「こう判断してください」という指示です。
| 日付 | 通知 | 対象 |
|---|---|---|
| 2026年3月18日 | 法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて | 法人の役員になっている個人事業主・フリーランス |
| 2026年9月14日 | 上の通知の一部改正 | 会費が報酬以下でも認められない場合があること、「役員どうしの助け合い」も経営参加に当たらないことを追加 |
| 2026年9月14日 | 勤務時間が短い正規型の労働者として事業所に使用されている個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて | 役員ではなく、勤務時間が極端に短い正職員として雇われている個人事業主・フリーランス |
通知の書き出しは、はっきりしています。 社会保険料の削減をうたい、個人事業主やフリーランスを法人の役員として社会保険に入れる一方で、会費などの名目で役員報酬を上回るお金を払わせている事業所がある。 本来は国民健康保険と国民年金に入るべき人が、通常より低い保険料で健康保険・厚生年金に入っている可能性がある。だから取扱いを明確にする、という流れです。
2026年1月16日の厚生労働大臣の記者会見でも、一般社団法人の役員になれば社会保険料を削減できるとうたう事例があることは把握している、と答えています。 そのうえで出てきたのが、この2本の通知です。
見られるのは「報酬」と「仕事」の2つです
法人の役員が健康保険・厚生年金に入れるかどうかは、もともと次の2つで判断します。今回の通知は、この物差しを個人事業主・フリーランスの役員に当てはめて、具体的に書いたものです。
| 物差し | 認められないとされる例(通知から) |
|---|---|
| ①報酬 仕事の対価として、継続して払われているか |
役員報酬を上回る会費等を法人に払っている(原則として認められない) 会費等が報酬以下でも、報酬の多くを占め、役員どうしの助け合いにすぎない活動しかしない(個別に判断) 会費等の払い先が関連法人でも、実質同じ法人と見られれば同じ扱い |
| ②仕事 法人の経営に参加する、継続的な仕事か |
アンケートへの回答や勉強会への参加など、自己研さんにすぎない 活動報告や情報共有だけで、指揮監督や権限を使っていない 法人の事業の紹介に協力しているだけ 役員どうしの研さんや、仕事の紹介し合いにすぎない |
ここでいう「会費等」は、名前を問いません。 通知は、勉強費・広告費・掲載料・参加料・コンサルタント料・協力金・委託費などを例に挙げています。 「会費ではなく委託費だから大丈夫」という理屈は通りません。
例えば、法人から役員報酬を月5万円受け取り、その法人に「コンサル料」として月8万円払っている。 これは報酬より払うほうが多いので、原則として「仕事の対価として報酬を受けている」とは認められません。 月4万5千円なら報酬より少ないですが、報酬の大半を払い戻している形なので、働き方の実態を見て個別に判断されます。
仕事のほうは、指揮監督する職員や他の役員がいるか、決裁する担当業務があるか、役員会での取りまとめや代表者への報告をしているか、会議以外の仕事と出勤の頻度はどうか、といった事実で見ます。
通知は、法人に使われている実態がない人は健康保険・厚生年金の資格がなく、事実と違う資格取得の届出は法律に反する、と書いています。 実態がないと確認されれば、資格喪失の届出を出させて資格を外す扱いです。 届出を出すのは、本人ではなく法人(事業主)です。
勤務医・フリーランスの先生の場合
まず前提です。病院やクリニックに常勤で勤めている先生は、勤め先で健康保険・厚生年金に入っています。 マイクロ法人で保険料を下げる話は、もともと当てはまりません。
当てはまりうるのは、複数の医療機関で非常勤として働き、どこでも社会保険に入っていない先生です。 国民健康保険(または医師国保・歯科医師国保)と国民年金に入っているので、「法人で低い報酬」の話が魅力的に見えます。
給与は、マイクロ法人の売上にはなりません
非常勤先からの収入の多くは、先生個人への給与です。給与は法人の売上にできません。 法人に入れられるのは、講演料・原稿料・監修料など、法人として請け負える仕事だけです。 しかも、先生個人の名前で頼まれた仕事を法人の売上にできるかは、税務上の論点があります。 この点は医療法人の理事長とマイクロ法人で整理しています。
勉強会の法人の理事になる形は、通知のど真ん中です
例えば、内科の非常勤医や歯科のフリーランスの先生が、勉強会を運営する一般社団法人の理事になり、少ない役員報酬で社会保険に入る。その代わりに、会費や参加料を払う。 役員の仕事は勉強会への参加と症例の共有、ほかの理事への患者紹介くらい。
これは、通知が挙げている「自己研さんにすぎない」「役員どうしの助け合いにすぎない」にそのまま重なります。 会費が報酬を上回っていれば、原則として資格は認められません。
「週に少しだけの正職員」も対象になりました
9月14日の通知は、役員でなく勤務時間が極端に短い正職員として雇われる形も対象にしました。 報酬を上回る会費を払っている、自分の仕事を第三者に委託してその会社に雇われ、実質的に自分が払った委託費が給与になっている、といった形です。 両方に当てはまれば、原則として資格はないものとして扱われます。
正面からの道もあります。2026年10月1日から、パートの社会保険加入の条件のうち「月8.8万円以上」の賃金要件がなくなりました。 従業員51人以上の病院で週20時間以上働けば、その病院で社会保険に入ります(学生は除く)。
個人開業の院長の場合
個人で開業している院長は、医院の事業主です。 事業主本人は「事業所に使われる人」ではないので、自分の医院で健康保険・厚生年金に入ることはできません。 そこで「別に法人を作って、そこの役員として入る」という発想が出てきます。
マイクロ法人は、診療ができません
医療機関を開設できるのは、原則として営利を目的としない法人か、医師・歯科医師個人です。株式会社や合同会社は、原則として診療所を開設できません。 マイクロ法人の売上は、診療以外の仕事で作る必要があります。 ここで多いのが、自分の医院から法人に、事務代行料や委託料を払う形です。
例えば、歯科医院が法人に「事務代行料」として月10万円払い、法人は院長に役員報酬を月5万円払う。 院長から見ると、自分の医院が出したお金が、法人を通って少しだけ自分に戻ってくる形です。 通知の「会費等は名前を問わない」「報酬を上回る額を払っている」という図式に、文言上は近くなります。
もちろん、法人が実際に事務を担い、職員を雇い、ほかの取引先もある、というなら話は別です。 ただその場合は、実態のあるMS法人の話になります。 保険診療中心の医院は、法人に払う委託料の消費税をほとんど取り戻せないなど、別のコストがかかります。 詳しくはMS法人サポートのページに書いています。
医師国保・歯科医師国保の保険料は、所得にかかわらず組合ごとに決まった金額のことが多く、所得に比例する市町村の国民健康保険ほど「下げる余地」がありません。 法人で健康保険に入ったときに組合の資格がどうなるかも含めて、先にご加入の組合に確認してください。
法人を1つ持つと、赤字でも法人住民税の均等割が毎年かかり、決算・申告の手間も増えます。 保険料がいくら下がるかと、維持費がいくらかかるかを並べてから決めてください。 法人化そのものを考えている院長は、医療法人化と社会保険もあわせてご覧ください。
医療法人の理事長と、MS法人の場合
理事長ご本人は、すでに社会保険に入っています
医療法人の理事長は、医療法人から役員報酬を受けて、厚生年金に入っています。 別の法人からも報酬を受けると、2つの報酬を合算して保険料が決まります。法人を分けても、保険料は下がりません。 また、理事長がMS法人の代表者を兼ねることには、厚生労働省の通知による制限があります(MS法人サポートで説明しています)。
気をつけたいのは、家族を「名前だけの役員」にする形です
例えば、個人でデザインの仕事をしているお子さんをMS法人の役員にして、月5万円の報酬で社会保険に入れる。 お子さんはMS法人に「広告費」や「委託費」を払っている。あるいは、自分の個人の仕事を形だけMS法人の業務と呼んでいる。 これは、通知が挙げる形にそのまま当てはまります。
配偶者を役員にして、役員会に出るだけ、という形も同じ物差しで見られます。 役員会に出ていても、連絡調整や職員への指揮監督をしていない、求めに応じて意見を言うだけ、という役員は、もともと健康保険・厚生年金の対象にならないと整理されています。 この物差しは昔からのもので、今回の通知で改めて書かれました。
医療法人のほうで、知り合いのフリーランスの先生から「理事にして、社会保険に入れてほしい」と頼まれることもあるかもしれません。 資格取得の届出を出すのは医療法人です。実態のない届出は、法人の側の問題になります。
税金の面でも、仕事をしていない家族への役員報酬は経費として認められないおそれがあります。 家族に報酬を出す考え方は医療法人の所得分散をご覧ください。
「もう通用しない」と決まったわけではありません
通知を読むと、はっきりしていることと、まだ分からないことがあります。
| はっきりしていること | 通知には書かれていないこと |
|---|---|
| 法人を作ること、個人事業と法人を併用することは否定されていない 判断は「報酬」と「仕事」の実態を見て個別に行う 報酬を上回る会費等を払っていれば、原則として認められない 実態がなければ資格を喪失させる |
いつまでさかのぼって資格を外すか 自分1人のマイクロ法人に、どこまで同じ扱いをするか 確認のための調査をどの範囲で行うか |
私自身もマイクロ法人を持っています。法人として実際の事業があり、申告も自分でできるので、維持費が小さく済んでいます。 通知はこういう法人まで否定するものではありません。 逆に言えば、実態を説明できない法人は、続けるほど危ないということです。
制度のすき間をねらった方法は、いずれ制度のほうが変わると考えておくのが安全です。 役員報酬を賞与に寄せて社会保険料を下げる方法も、同じ種類の話です(役員報酬を賞与に寄せる社保対策)。 そして、こうした方法で確実に儲かるのは、ノウハウを売る側です。続けるのも、資格を外されたときに困るのも、先生ご自身です。
院長が今やること
すでにマイクロ法人や、勉強会の法人の役員になっている先生は、次の3つを確認してください。
- その法人に、本当の事業があるか。売上はどこから来ていますか。自分や役員仲間が払ったお金だけで回っていないか、見てください。
- 役員として、本当に仕事をしているか。決裁している業務、指示している職員、出ている会議、出勤の頻度。年金事務所に聞かれたときに、記録で答えられるかどうかです。
- 社会保険料が下がらなくても、その法人を持つ意味があるか。答えが「いいえ」なら、維持費と手間だけが残ります。
これから作ろうとしている先生は、勧めてきた相手に「この形は、厚生労働省の2026年3月と9月の通知に照らして大丈夫ですか」と聞いてみてください。 はっきり答えられないなら、見送ってください。
社会保険料が重いのは事実です。源泉徴収票の「社会保険料等の金額」は先生ご本人の負担分で、健康保険と厚生年金は法人もほぼ同じ額を払っています。 それでも、減らすなら実態のある形でやる。これが、あとで困らない順番です。
その法人、実態を説明できますか。
マイクロ法人やMS法人、勉強会の法人の役員になっている先生は、お金の流れと役員の仕事を一緒に確認します。 続けるか、形を変えるか、やめるかを、税金と社会保険料、維持費を並べた数字でお伝えします。 社会保険の届出の可否は、提携の社会保険労務士と一緒に確認します。
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最終更新:2026年10月23日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の社会保険・税務の判断を保証するものではありません。記載の内容は執筆時点(2026年10月)に公表されている厚生労働省の通知等にもとづくもので、実際に健康保険・厚生年金の資格が認められるかは、年金事務所・協会けんぽ・健康保険組合が個別の実態を見て判断します。実際のご判断にあたっては、社会保険労務士・税理士等の専門家にご相談ください。