「掛金が全額経費になります」——経営セーフティ共済は、そう勧められることの多い制度です。 月20万円まで、年間240万円。たしかに効きます。

個人でクリニックをやっている先生は、これに入れます。 ただし医療法人になると入れません。ここがこの記事の出発点です。

法人にすると引き継げないので、法人にする年に解約することになります。 そして戻ってきたお金は、その年の収入に丸ごと乗ります。

いちばん所得が跳ねる年に、800万円が上乗せされる。 ここを知らずに積み立てると、出口で驚くことになります。

この記事の結論

個人のクリニックは入れますか。
入れます。1年以上続けて診療していることが条件です。掛金は月5,000円〜20万円、合計800万円まで積み立てられて、全額が経費になります。
医療法人になったらどうなりますか。
運営元の説明に「医療法人は入れない」とはっきり書かれています。契約を医療法人に引き継ぐこともできません。だから法人にするときに解約することになります。
解約したら税金はかかりますか。
かかります。戻ってきたお金はその年の収入になります。この制度は税金をなくすものではなく、先延ばしにするだけです。しかも払うときは何年かに分かれ、戻すときは1年に集中します。税率が上がる方向に働きます。

年240万円まで経費。でも消えるわけではありません

経営セーフティ共済(正式には中小企業倒産防止共済)は、国の機関が運営している共済です。 もともとの目的は取引先が倒産して代金を回収できなくなったときに、担保なしでお金を借りられること。 連鎖倒産を防ぐための保険です。

 内容
掛金月5,000円〜20万円。年間で最大240万円
積み立ての上限合計800万円まで
払うとき全額が経費
戻ってくるときその年の収入になります
戻ってくる割合40か月以上かけていれば100%。それ未満だと元本割れ

実務でこの制度が話題になるのは、本来の目的よりも 「掛金が全額経費になる」という点のためです。 利益が出た年に積み立てて、その年の税金を減らす。決算対策としてよく使われています。

診療の経費にしかなりません

運営元の説明にはっきり書かれています。 個人の場合、掛金は診療の経費にはできますが、それ以外の収入(家賃収入など)の経費にはできません。

テナントや駐車場の家賃がある先生は、そちらの経費にはできない、ということです。

個人のクリニックは入れます。医療法人は入れません

 入れるか条件
個人のクリニック入れます1年以上続けて診療している/診療の収入で確定申告している
医療法人入れません入れない形態としてはっきり書かれています

気をつけるのは「1年以上」のほうです。開業したばかりの先生は、まだ入れません。

「小さい医療法人なら入れるのでは」は違います

この制度は、規模ではなく法人の形で線が引かれています。 医療法人は、大きさに関係なく入れません。

「医療法人でも全額経費の節税ができます」という説明を見かけたら、 入れるかどうかを確認していない情報だと考えてください。

ひとつ、正直に言っておきます

節税の話をする前に、この制度の本来の機能について書いておきます。 運営元の説明に、こう注意書きがあります。

「一般消費者を相手にする事業者など、取引先に対する売掛金が生じない業種は、貸付けの対象にならない場合があります」

クリニックの相手は、基本的に患者さんです。 保険診療なら支払基金などへの請求はありますが、そこが倒産して回収できなくなる、という事態はまず考えられません。

つまり入れても、この制度の本来の使い道——取引先が倒産したときにお金を借りる——は、まず出番がありません。

入れないという意味ではありませんが、保険としての価値は当てにしないほうがいいと考えてください。

そのうえで使うなら、これは実質「経費にできる積立」です。 そう割り切って、出口まで決めておく。それがこの記事の言いたいことです。

40か月を超えないと、元本割れします

解約したときに戻ってくる金額は、かけた月数で変わります。

かけた月数戻ってくる割合
12か月未満0%(掛け捨てです)
12〜23か月80%
24〜29か月85%
30〜35か月90%
36〜39か月95%
40か月以上100%

40か月=3年4か月。ここが分かれ目です。

「2年後に法人にしよう」と考えている先生がいま入ると、85%しか戻りません。 年240万円を2年で480万円。解約すると408万円。72万円が消えます。

法人にする時期が3年4か月より近い先生は、そもそも入らないほうがいいということです。

いちばんの問題は出口です

ここが、医院にとってこの制度のいちばん大事なところです。

ふつうの会社なら、個人事業から株式会社にするとき、この契約を会社に引き継げます。 ところが医療法人は、そもそも入れません。だから引き継げません。

医療法人にする=解約する。選ぶ余地がありません。

 ふつうの会社にする場合医療法人にする場合
法人にしたあと会社に引き継げます引き継げません
そのとき続けるか解約するか選べます解約するしかありません
税金がかかる時期選べます法人にする年に固定されます

これはかなり不利です。出口の時期を自分で選べないからです。 そして、その出口が最悪のタイミングに当たります。

解約した年に、何が起きるのか

戻ってきたお金は、その年の収入になります。 経費にしていた分が、まとめて戻ってくる形です。

つまりこの制度は、税金をなくすのではなく、先延ばしにしているだけです。

問題は、先延ばしにした結果、税率が上がることがあるという点です。

 かけている間解約した年
所得への影響毎年 −240万円
(3〜4年に分かれる
+800万円
(1年に集中する
税率その年の税率で減るもっと高い税率の帯に押し上げられる

所得税は、所得が多いほど税率が上がります。 240万円ずつ分けて所得を下げても、下がる幅は1段分ほど。 ところが800万円を一度に足せば、税率の階段を一気に駆け上がります。

かけたときは43%で減らせたのに、戻すときは50%で取られる。 これでは何のために積み立てたのか分かりません。

法人にする年は、ほかの所得も動きます

医療法人を作る年は、個人にとって特別な年です。

・個人での最後の期間(1月〜設立月)の診療の所得
・医療機器や内装を法人に売れば、その売却の利益
・設立後の役員報酬
・そこに解約して戻ってきた800万円

これが同じ年に重なります。一生でいちばん所得が跳ねる年になることも珍しくありません。 そこに800万円を足すのですから、税金は想像以上になります。

どう組み立てるか

解約したあと2年は、掛金が経費になりません

2024年10月以後に解約した場合、解約の日から2年間に払った掛金は経費にできません。 「解約してすぐ入り直して、また経費に」という使い方を止めるための決まりです。

小規模企業共済とは、性格がまるで違います

同じ運営元の共済でも、小規模企業共済とはまるで別物です。

 小規模企業共済経営セーフティ共済
掛金の上限年84万円年240万円(合計800万円)
払うとき税金の計算から差し引ける診療の経費になる
受け取るとき廃業なら退職金あつかいその年の収入
法人にしたとき廃業を理由に有利な形で受け取れる解約して所得に乗る
ひとことで節税+退職金の積立税金の先延ばし

小規模企業共済は、出口が「退職金あつかい」という有利な形に着地します。だから入口も出口も得です。 経営セーフティ共済は、出口でそのまま収入に戻ってきます。だから入口で得して、出口で返すだけです。

私が個人のクリニックの先生にまず小規模企業共済をお勧めし、経営セーフティ共済は「出口を決めてから」と申し上げるのは、この違いのためです。

当事務所では、行き過ぎた節税はしないという考え方でご案内しています。 この制度も、使い方を間違えなければ有効です。 ただし「今年の税金が減るから」という理由だけで始めると、法人にする年に必ず後悔します。

入る前に、出る日を決めてください。

出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構「経営セーフティ共済の加入資格」 (個人事業主の加入要件、加入できない事業形態として医療法人等を明記、 一般消費者を取引先とする事業者は貸付けの対象とならない場合がある旨の注意書き、 個人事業の掛金は事業所得以外の収入の必要経費に算入できない旨)。 掛金の上限・積立限度額・解約手当金の支給率は同機構の公表内容による。 解約後2年間の掛金の必要経費不算入は令和6年度税制改正による(令和6年10月1日以後の解約に適用)。いずれも2026年9月時点。

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最終更新:2026年9月11日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年9月)のものであり、その後の制度改正等により変更される場合があります。加入資格の可否や貸付けの対象となるかは個別の事情によって異なりますので、実際のご判断にあたっては、必ず中小機構および税理士等の専門家にご確認ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。