個人でクリニックをやっている先生に、いちばん最初にお勧めするのが小規模企業共済です。

掛金は月7万円まで、年間84万円。この全額が、税金の計算から差し引けます。

しかも積み立てたお金は、自分のものとして戻ってきます。 経費のように使ってなくなるわけではありません。 払った額はそのまま残って、税金だけが減る——そういう制度です。

ところが「うちはスタッフが多いから無理でしょう」と諦めている先生が、驚くほど多い。 その数え方、違うかもしれません。

この記事の結論

どんな制度ですか。
国の機関が運営している、経営者が自分の退職金を積み立てる制度です。掛金は月1,000円〜7万円。払った全額が、その年の税金の計算から差し引けます。年間で最大84万円です。
スタッフが5人を超えていたら入れませんか。
そうとは限りません。ここで数える「従業員」に、パート・アルバイト・契約社員・派遣の方は含まれません。正社員として雇っている方だけを数えます。院長ご自身も入りません。パートの衛生士さんや受付さんが中心なら、スタッフが8人いても条件を満たしていることがあります。
受け取るときに税金はかかりますか。
かかります。ただし扱いは有利です。診療をやめて受け取るお金は「退職金あつかい」になり、税金がかなり抑えられます。一方65歳より前に自分の都合でやめると、扱いが不利になり、しかも20年未満だと元本割れします。

年84万円が、まるごと税金の計算から引けます

 内容
掛金月1,000円〜7万円(500円きざみ)。年間で最大84万円
払うとき全額が税金の計算から差し引けます
受け取るときまとめて受け取るなら退職金あつかい(理由によります)
途中で掛金を増やすことも減らすこともできます
その他積み立てた範囲でお金を借りられる仕組みがあります

ポイントは、入口と出口の両方で優遇があることです。 積み立てた年は税金が減り、受け取る年は退職金あつかい。 所得の高い開業医の先生ほど、入口の効果がはっきり出ます。

経費とは、性格がまったく違います

「経費を使って税金を減らす」のは、お金が外に出ていきます。

小規模企業共済は自分の口座から自分の積立に移すだけ。お金は減りません。それでいて税金は減ります。 私が最初にお勧めする理由が、これです。

「スタッフが多いから無理」——その数え方、違うかもしれません

この制度は、名前のとおり小さい事業者のためのものです。 医院の場合、常時使っている従業員が5人以下であることが前提になります。

「5人」と聞くと、多くの先生が「うちは無理だ」と思われます。ここが分かれ目です。

数えない人がいます

 数える/数えない
院長ご自身数えません
正社員として雇っている方数えます
パートの方数えません
アルバイトの方数えません
契約社員の方数えません
派遣の方数えません
期間を決めて臨時に雇っている方数えません

医院の顔ぶれを思い浮かべてください。 受付、衛生士、看護師をパートで回している医院は、たくさんあります。

スタッフが8人いても、正社員が4人なら条件を満たします。

「頭数が5人を超えているから対象外」と自分で決めて、 年84万円の枠を10年見送っていた——これは実際にある話です。まず正確に数えてください。

逆のこともあります

医院が育つ過程で、パートだった方を正社員にすることがあります。 そのときに気づかないうちに条件を超えていることがあります。

人の構成が変わったときは、確認してください。

実際に、いくら税金が減るのか

上限の月7万円(年84万円)をかけた場合の目安です。

税金がかかる所得税率(所得税+住民税)年84万円かけたとき、減る税金
695万〜900万円33%約27.7万円
900万〜1,800万円43%約36.1万円
1,800万〜4,000万円50%約42.0万円

所得が1,000万円台の先生なら、年間36万円ほど税金が軽くなります。 しかも84万円は消えていません。自分の積立として残っています。

10年続ければ、840万円を積み立てながら、360万円ほど税金を軽くしている計算です。

※ 復興特別所得税は考えていません。実際の税率は、ほかの控除の状況で変わります。

やめたとき① 診療をやめる場合は「退職金あつかい」

積み立てたお金は、受け取るときに課税されます。ここを知らずに始める方が多いので、書いておきます。

国税庁は、次のものを退職金あつかいにすると示しています。

退職金あつかいは、税金の上でもっとも有利です。 勤めた年数(ここでは加入年数)に応じた枠が引かれ、さらに残った金額の半分だけが課税の対象になります。

入口で全額を税金の計算から引いて、出口では退職金として受け取る。 これが、この制度がいちばん有利に働く形です。

やめたとき② 65歳より前に自分の都合でやめると損です

気をつけるべき出口もあります。国税庁の同じ資料に、こう書かれています。

「65歳未満の方に支給されるものは、一時所得とされます。」

つまり65歳になる前に自分の都合でやめると、退職金あつかいになりません。

金額の面でも不利です。20年(240か月)かける前にやめると、戻ってくるお金は払った合計を下回ります。 12か月未満だと、そもそも1円も戻りません。

「やめる」前に「減らす」

資金繰りが厳しくなったとき、やめる前に考えていただきたいのが掛金を減らすことです。 月7万円を月1万円に下げられます。契約を続けたまま、負担だけ軽くできます。

積み立てた範囲でお金を借りる仕組みもあります。 「やめてお金を作る」のは、いちばん最後です。

医療法人になったら、続けられません

ここが、この制度のいちばん大きな分かれ道です。 医療法人の理事長・理事という立場では、この共済に入れません。

医療法人にして診療所を廃業すれば、その時点で続けられなくなります。

でも、廃業なら「退職金あつかい」です

「せっかく積み立てたのに」と思われるかもしれませんが、心配いりません。

法人にするための廃業は、前の章の「診療をやめたときに受け取るお金」にあたります。 つまり退職金あつかいで受け取れます。 65歳より前に自分の都合でやめる場合とは、まったく別です。元本割れの話も当てはまりません。

法人にするのを機に、積み立ててきたものを有利な形で受け取る。そう考えれば、 個人のうちに積み立てておく意味は、むしろ大きいということです。

法人にしたあとの扱いは小規模企業共済と医療法人に整理しています。 法人にしてから理事長が使える枠としてはiDeCoがあり、2026年12月から月6.2万円に上がります。

いま、入れたかどうかの確認書が届いています

運営元が契約者に対して、「入ったときに条件を満たしていたか」を確かめる書類を送っています。

対象に挙げられているのは、副業で事業をしている給与所得者、営利を目的としない法人の役員、 配偶者などの事業専従者、従業員の数が条件を超えていた方などです。

条件を満たしていなかったと分かると、契約が取り消されることがあります。 判断に迷う場合、とくに法人にする前後で立場が変わった先生は、 自分で答える前に顧問税理士にご相談ください。

それでも、上限いっぱいが正解とは限りません

ここまでお勧めしておいて何ですが、最後に釘を刺しておきます。 「節税になるから上限まで」という決め方はしないでください。

この制度の弱点はお金が長いあいだ動かせなくなることです。 65歳より前にやめれば扱いが不利になり、20年未満なら元本も割ります。

医療機器の入れ替え、内装のやり直し、法人にする準備、自宅の購入。 数年内にまとまった支出が見込まれるなら、その分を先に確保したうえで、残りを掛金にまわしてください。

当事務所では、行き過ぎた節税はしないという考え方でご案内しています。 これは節税商品ではなく、退職金の積立です。 「何年後に、いくら必要か」を先に決めてから、金額を決める。順番はそこからです。

そのうえで申し上げれば、個人でクリニックをやっていて、まだ入っていない先生は、まず条件を確認する価値があります。 年84万円の枠を、何年も見送っているかもしれません。

出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構「小規模企業共済」の加入資格・掛金・共済金に関する公表内容 (業種別の常時使用する従業員数の要件、従業員に含まれない者の範囲、直接営利を目的としない法人の役員の取扱い、資格要件の再確認)。 受取時の所得区分は、国税庁 質疑応答事例「法人成りにより支給を受ける小規模企業共済契約の一時金の所得区分」 および所得税法施行令第72条第3項第3号による。 税額の試算は所得税・住民税の税率からの目安で、復興特別所得税は考えていません。いずれも2026年9月時点。

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最終更新:2026年9月11日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年9月)のものであり、その後の制度改正等により変更される場合があります。加入資格の可否は個別の事情によって異なりますので、実際のご判断にあたっては、必ず中小機構および税理士等の専門家にご確認ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。