医院の土地や建物を、理事長ご自身の名義でお持ちの先生は少なくありません。開業時に個人で買い、その後に法人化した——という順番であれば、当然そうなります。

このとき、医療法人から理事長個人へ、賃料を払っていますか。払っていない、あるいは相場よりずいぶん低い金額のまま、という医院を実際に見かけます。

これは、使えるはずの手を使っていない状態です。

この記事の結論

理事長の不動産を法人に貸すと、何が良いのですか。
法人は賃料を経費にでき、理事長は原則として社会保険料のかからない所得を受け取れます。役員報酬を増やすのと違い、社会保険料が増えません。ここがいちばんの違いです。
賃料はいくらにすればよいですか。
近隣の相場を基準にした「相当な額」です。高すぎれば経費として認められず、役員給与とみなされることもあります。根拠を残せる金額にしてください。
気をつけることはありますか。
3つあります。①理事と法人の取引なので理事会の承認が要ること ②建物の賃料には消費税がかかり、医療法人はそれを引ききれないこと ③個人側で確定申告が必要になることです。

社宅とは逆向き——「個人が貸し、法人が借りる」

まず、よく似た制度と混同されるので整理します。役員社宅法人が借りて、理事長に貸す仕組みでした。今回はその逆で、理事長が貸して、法人が借ります。

 役員社宅不動産の賃貸(この記事)
貸す側医療法人理事長個人
借りる側理事長個人医療法人
お金の向き個人 → 法人法人 → 個人
対象住まい医院の土地・建物
効果住居費の圧縮法人の利益圧縮+個人の所得

両方を同時に使うこともできます。ご自宅は法人が借りて社宅にし、医院の建物は個人から法人へ貸す。方向が違うだけで、どちらも成り立ちます。

理事長個人が所有する不動産を医療法人に貸すと、法人は賃料を経費にでき、理事長は社会保険料のかからない不動産所得を受け取れる。賃料は相当な額にし、理事会の承認が必要。建物の賃料には消費税がかかる。
社宅とは逆向きの取引です。役員報酬と違い、社会保険料がかかりません。

いちばんの利点は、社会保険料がかからないこと

法人から個人へお金を移す方法は、大きく2つあります。役員報酬賃料です。同じ金額を移すのに、負担がまったく違います。

 役員報酬を増やす賃料を払う
法人の経費なるなる
社会保険料増える(法人・個人の双方)増えない
個人の所得区分給与所得不動産所得
差し引ける経費給与所得控除固定資産税・減価償却・借入利子・修繕費など
金額を変えるタイミング原則、期首から3か月以内比較的柔軟
ここが効きます

役員報酬を年120万円増やすと、社会保険料は法人と個人を合わせて、おおむねその3割前後が上乗せになります。

同じ120万円を賃料で渡せば、その負担は生じません。手取りで見ると、差はさらに開きます。

加えて、不動産所得ではその物件にかかる費用を差し引けます。固定資産税、建物の減価償却費、借入金の利子、火災保険料、修繕費。

ローンで建てた建物なら、受け取った賃料の相当部分が経費で消えることも珍しくありません。

そしてもう一点。役員報酬は原則として期首から3か月以内しか変えられませんが、賃料にその縛りはありません。

ただし、いつでも自由に上げ下げしてよいという意味ではありません。次に説明します。

賃料はいくらにすべきか——「相当な額」の考え方

いちばん多いご質問がこれです。答えは「近隣の相場」です。第三者に貸すとしたらいくらか、という金額に落ち着かせます。

高すぎるとどうなるか

相場からかけ離れて高い賃料は、その超過部分が法人の経費として認められません。さらに、理事長への実質的な給与とみなされ、役員給与の扱いを受けることもあります。

そうなると損金にならないうえ、源泉徴収の問題も生じます。

では、根拠をどう残すか。実務では次のものを揃えます。

逆に低すぎる(あるいは無償)場合はどうか。法人にとっては経費が減るだけで、通常はただちに問題にはなりません。

ただし使えるはずの手を使っていないことになります。冒頭で申し上げたのは、この状態のことです。

医療法人ならではの手続き——理事会の承認と、関係事業者報告

ここからが、一般の会社との違いです。理事長個人と医療法人の取引は、利益が相反します。自分が貸し、自分が代表を務める法人が借りるからです。

① 理事会の承認が要ります

医療法人の理事が、自分自身のために法人と取引をする場合、あらかじめ理事会の承認を得る必要があります。取引の後は、遅滞なく理事会へ報告します。

賃貸借契約書を作るだけでは足りません。議事録に残してください。ここが抜けている医院は、実際に少なくありません。

② 関係事業者との取引として、報告が必要になることがあります

医療法人は、理事長やその近親者との取引が一定の規模を超えると、都道府県への報告が必要になります(医療法51条・52条)。

目安として、取引の金額が1,000万円以上で、かつ事業収益・事業費用の総額の10%以上にあたる取引などが対象です。

不動産の賃貸は、まさにこれに当たりうる取引です。金額の基準を必ず確認してください。

なお、法人化の際に不動産そのものを法人へ移すという選択もあります。

ただし移転にともなう譲渡所得税・不動産取得税・登録免許税が生じますし、いったん法人に入れた不動産は簡単には戻せません。

個人で持ったまま貸すほうが、身軽であることが多いと考えています。

消費税に注意——医療法人は払った消費税を引ききれない

見落とされがちですが、ここが金額的にはいちばん大きい論点になることがあります。

建物の賃料に消費税がかかると、何が起きるか。医療法人の保険診療は消費税が非課税です。つまり課税売上割合が極端に低い。

この状態で消費税を含む賃料を払っても、その消費税をほとんど控除できません。

出ていくだけのコストになります

年600万円(税抜)の建物賃料なら、消費税は60万円。

課税売上割合が10%なら、控除できるのは6万円ほどで、残りの54万円前後はそのまま出ていきます。一方、受け取った理事長側は、課税事業者であればその消費税を納めることになります。

この論点は、MS法人を検討する場合とまったく同じ構造です。法人税で得をしても、消費税で損をしていないか。必ず両方を並べて計算してください。

なお、理事長個人の課税売上が一定以下であれば免税事業者にとどまることもあります。インボイスの登録をするかどうかも含めて、設計の段階で決めるべき論点です。

相続では有利に働くことがある

目先の節税だけの話ではありません。貸している不動産は、相続のときの評価が下がります。

ご自身で使っている土地・建物より、他人(ここでは医療法人)に貸している土地・建物のほうが、相続税の評価上は低く見積もられます。

使いたいように使えない分、価値が低いとみなされるためです。

持分あり医療法人の先生へ

法人に賃料を払わせれば、法人の利益が減り、出資持分の評価も下がります。そして個人側では、貸している不動産の評価も下がる。

両側から効くのが、この方法の面白いところです。詳しくは持分あり医療法人の相続もご覧ください。

向いている先生、向いていない先生

整理します。

向いている

医院の土地・建物を理事長個人が所有している/賃料を払っていない、または相場より安い/役員報酬を上げると社会保険料が重いと感じている/持分あり医療法人で、将来の相続が気になっている

慎重に考えたい

建物の賃料が大きく、消費税の損税が無視できない/不動産が第三者所有で、そもそも該当しない/理事長の所得がすでに高く、不動産所得を足すと累進税率が跳ね上がる/個人での確定申告の手間を避けたい

最後の点について。この方法は法人の税金を減らす代わりに、個人の税金を増やします。差し引きでどちらが得かは、先生の所得の水準によって変わります。

「やれば得」ではなく、「いくらまでなら得か」を計算する話です。

いくらの賃料が、先生にとって最適でしょうか。

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最終更新:2026年9月1日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。