「アメリカの築古物件を買えば、減価償却で大きく節税できると聞いた」——数年前まで、開業医の先生からこのご相談をよくいただきました。
実際に当時は、それなりに大きな効果が出る手法でした。
ただ、この記事で先にお伝えしておきたいことがあります。
この手法の中心にあった節税効果は、令和2年度の税制改正(令和3年分以後の所得税に適用)によって、個人についてはすでに封じられています。
いまだに「海外不動産で節税」という言葉だけが独り歩きしていますが、前提となる制度は変わりました。
何がどう変わったのか、そして医療法人という立場でこれを検討する意味が残っているのかを、順に整理します。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 海外不動産を使った節税は、まだ使えますか。
- かつての形での主要な節税効果は、すでに失われています。
個人については、令和3年分以後の所得税で、国外中古建物の減価償却による赤字を給与所得などと損益通算することができなくなりました。
ここが手法の中核だったため、いまから「節税目的で」検討する意味は薄いと考えています。 - もともと、どういう仕組みだったのですか。
- 海外の築古の木造住宅などを買い、中古資産の耐用年数を簡便法で極端に短く見積もって、毎年多額の減価償却費を計上するという仕組みです。
生まれた不動産所得の赤字を高い税率の給与所得等と相殺し、数年後に売却して低い税率の譲渡所得に振り替える。
この税率差が利益の源泉でした。 - 医療法人(法人)なら使えるのですか。
- 「法人なら大丈夫」と単純化するのは危険です。
この損益通算の制限は主に個人の所得税を対象とした改正で、法人税への影響は個人とは異なりますが、投資・課税の両面で規制が強まる流れは続いています。
加えて医療法人には、そもそも不動産賃貸業を営めるのかという医療法上の別の問題があります。
かつての「海外不動産で節税」は、どういう仕組みだったのか
まず、何が「使えた」のかを押さえておきます。仕組みを理解しておかないと、改正で何が消えたのかも分からないためです。
柱は「中古資産の簡便法」だった
建物の減価償却は、法定耐用年数にしたがって費用を配分していきます。木造住宅であれば22年です。
ところが中古資産を買った場合には、残りの使用可能期間を見積もるかわりに、法定耐用年数を基準にした簡便法で短い耐用年数を使うことが認められています。
法定耐用年数をすでに過ぎている建物なら、その法定耐用年数の20%——木造住宅であれば4年という、かなり短い年数になります。
ここに、日米の住宅市場の違いが重なります。
日本では木造住宅の価値は築年数とともに下がっていきますが、アメリカでは築30年、40年の住宅が現役で高値で流通し、しかも価格に占める建物部分の割合が日本より大きいという特徴があります。
つまり、「築古なのに建物価格が高い物件」が普通に買えるわけです。
税率差を取りにいく設計だった
たとえば建物部分が4億円の築古木造物件を買い、耐用年数4年で償却すれば、単純計算で年1億円の減価償却費が立ちます。
家賃収入を大きく超える減価償却費が出るので、不動産所得は大幅な赤字になります。
個人の場合、この不動産所得の赤字は給与所得などと損益通算できました。
所得税・住民税の最高税率は合わせて55%ですから、赤字1億円は最大で5,500万円の税負担を消す計算になります。
そして償却しきったあと物件を売れば、長期譲渡所得の税率は約20%。
55%で落として20%で戻す、この差額を取りにいくのが本質でした。
減価償却で落とした分は、売却時に譲渡所得の計算上、取得費が減っている形で戻ってきます。
つまり税金が消えていたのではなく、高い税率の年に費用を寄せ、低い税率で精算していたということです。
この構造上、税率差がなくなれば手法の旨味もなくなります。
令和2年度改正で何が変わったか
この手法は広く使われ、会計検査院からも問題提起がなされた結果、税制改正で正面から手当てされました。
個人が国外中古建物から生じる不動産所得について、その損失のうち減価償却費に相当する部分は「生じなかったもの」とみなされることになりました。
その結果、給与所得など他の所得との損益通算ができません。令和3年分以後の所得税に適用されています。
対象となるのは、簡便法などによって耐用年数を計算している国外中古建物です。
この改正によって、冒頭に挙げた「短い耐用年数で大きな赤字をつくり、高い税率の所得を圧縮する」という手法の中核が、個人については成立しなくなりました。
注意していただきたいのは、「減価償却そのものが禁止された」わけではないという点です。
国外中古建物の減価償却費を計上すること自体はできます。
できなくなったのは、それによって生じた赤字を他の所得にぶつけることです。不動産所得の中で相殺しきれなかった部分が、切り捨てられる形になります。
なお、この扱いによって生じなかったものとされた減価償却費は、その物件を売却するときの譲渡所得の計算上、調整されるしくみが設けられています。
「使えなかった償却費の分まで、売却時に課税される」という二重の不利にはならない設計です。
とはいえ、毎年の税負担を圧縮するという当初の目的が果たせない以上、投資判断としての位置づけはまったく別のものになります。
「まだ使える」という情報を見かけたら
改正から数年が経ちますが、いまだに古い前提のまま書かれた記事や、改正前の成功例を紹介するセミナーが残っています。
提案を受けたときは、その資料が令和3年より前のものではないかを、まず確認してください。
減価償却のスピードと節税額だけを強調して、損益通算制限に触れていない資料は、それだけで警戒に値します。
そもそも医療法人は、海外不動産を持てるのか
ここからは医療法人固有の話になります。実は、税務の議論に入る前に確認しておくべき論点があります。医療法人が営める業務の範囲は、医療法によって限定されているという点です。
医療法人の本来業務は病院・診療所等の開設運営であり、これに加えて法律で認められた附帯業務を行うことができます。
一般的な不動産賃貸業は、この範囲に含まれていません。投資目的で不動産を購入し、賃料収入を得るという行為は、原則として医療法人の業務としては想定されていないと考えるのが基本です。
医療法人の業務範囲は、所轄庁(都道府県等)の指導・監督の対象です。
税務上の損得を検討する前に、「その投資がそもそも医療法人として行える業務か」を確認する必要があります。
この判断は税法ではなく医療法の領域であり、運用に地域差もあるため、具体的な計画がある場合は所轄庁への確認が欠かせません。
余剰資金の運用として一定の資産を保有すること自体まで否定されるわけではありませんが、「賃貸事業として海外不動産を回す」という形は、医療法人にはハードルが高いとお考えください。
実務では、理事長個人や別法人(MS法人など)で保有するという整理を検討することになりますが、その場合は改めて個人の損益通算制限の話に戻ってきます。
法人が持つ場合、税務上の効果は個人とは別物になる
前提として、今回の損益通算制限は主に個人の所得税を対象にした改正であり、法人税への影響は個人とは異なります。
ただし、だからといって「法人なら従来どおりの節税ができる」と考えるのは正しくありません。
理由は2つあります。
1. 税率差というエンジンが、法人にはない
個人の手法が効いたのは、最高55%の総合課税と約20%の分離課税という2つの税率のあいだの落差があったからです。
法人の場合、賃貸による利益も売却による利益も、同じ法人の所得として同じ税率で課税されます。
落差がないので、減価償却を前倒ししても得られるのは「課税の繰延べ」だけです。
繰延べに価値がないとは言いません。資金繰りの面では意味があります。
しかし、償却が終わったあとは利益が跳ね上がり、売却時にはまとめて課税されるという宿命は変わりません。
数年後に確実に返ってくる支出であることを前提に判断する必要があります。
2. 規制強化の流れは続いている
海外資産に対する課税当局の把握能力は、この10年で大きく向上しました。
国外財産の報告制度や、各国税務当局間での金融口座情報の自動的な交換といったしくみが整備され、「海外だから見えない」という前提は、もはや成り立ちません。
今回の改正も、その流れの中に位置づけられるものです。
海外不動産にかかわる税制は、この数年で複数回にわたって見直されています。
ウェブ上の情報や書籍は、執筆時点の制度で書かれています。
実行を検討される場合は、そのときの最新の制度を顧問税理士に確認したうえでご判断ください。
本記事の内容も、2026年8月時点の整理です。
それでも検討するなら、確認しておきたいこと
節税目的としての魅力が薄れた以上、残るのは純粋な投資としての判断です。
「外貨建ての資産を持ちたい」「日本の不動産に偏った資産構成を分散したい」という目的であれば、検討する余地はあります。
ただしその場合も、以下の点は事前に確認してください。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 医療法人の業務範囲 | そもそも法人として保有できるのか。所轄庁への確認が前提になります |
| 利回りの実質 | 現地の固定資産税・管理費・修繕費・空室リスクを差し引いた後の数字で見る |
| 為替リスク | 円安局面で買えば取得価額が膨らみます。円高に戻れば円換算の資産価値は目減りします |
| 現地の税制 | 現地でも課税されます。二重課税の調整(外国税額控除等)がどう働くかの確認が必要です |
| 資金調達 | 国内金融機関からの海外物件向け融資は限定的で、自己資金の比率が高くなりがちです |
| 出口 | 売却先・売却コスト・送金にかかる手間まで含めて、換金性を見ておく |
当事務所としてのお伝えしたいことは、シンプルです。
「節税になるから海外不動産を買う」という理由づけは、いまの制度のもとでは成り立ちにくくなっています。投資として納得できるかどうかで判断していただき、税金の話はそのあとに置く。
この順序が、結果として先生の資産を守ると考えています。
医療法人の節税であれば、理事長退職金や所得分散のように、制度として安定していて効果も読みやすい手段がほかにあります。
まずはそちらを固めてから、余剰資金の運用先として海外資産を考える——という順番をおすすめしています。
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最終更新:2026年9月1日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。