2つの医院があります。どちらを経営したいですか。

A:現金100万円・借入ゼロ
B:現金5,100万円・借入5,000万円

差し引きは、どちらも100万円です。 私なら迷わずBです。理由を書きます。

この記事の結論

実質無借金とは何ですか。
現預金が、借入金より多い状態です。借金がゼロという意味ではありません。借りているけれど、いつでも返せる。この位置を作るのが目標です。
なぜ無借金より良いのですか。
選べるからです。手元にお金があれば、機器も買えるし、悪い月も越えられるし、無理な診療もしなくて済む。現金がある=選択肢がある=自由です。借金ゼロでも現金がなければ、何もできません。
いくら持てばいいですか。
ひとつの目安は月商の3か月分。医院は保険診療の入金が2か月遅れるので、最低でも2か月分は必要です。そこから積み上げて、最終的に借入残高を超えるところを目指します。

AとB、どちらを選びますか

 A 医院B 医院
現預金100万円5,100万円
借入金0円5,000万円
差し引き100万円100万円
できることほぼ何もできません機器も買える、人も雇える、悪い月も越えられる

同じ100万円です。でも、できることがまったく違います。

A医院でユニットが壊れたら、どうしますか。 借りに行くしかありません。そして、困ってから借りに行くのがいちばん通りにくい。

B医院なら、すぐ買えます。これが実質無借金の強さです。

お金に色はありません

「借りたお金だから使いにくい」と考える方がいます。 通帳に入ってしまえば、借りたお金も稼いだお金も同じです。
大事なのは、出どころではなくいくらあるかです。

現金がないと、判断が歪みます

これがいちばん申し上げたいことです。

手元にお金がないと、経営の判断がおかしくなります。

お金がないと何が起きるか
安く受けてしまう自費の値引き。患者数を取りにいく
断れない合わない患者さんも受ける。スタッフが疲れる
投資できない機器が古いまま。人も雇えない
やめられない体調が悪くても診療を続ける
焦って乗る怪しい話に手を出す

悪いスパイラルです。 お金がない → 無理をする → 疲れる → 質が落ちる → もっとお金がなくなる。

現金があると、このループに入りません。 「断れる」ことが、いちばんの価値だと思っています。

医院は、いくら持つべきか

医院には、ほかの業種にない事情があります。 保険診療の入金が、2か月遅れることです。

時期起きること
3月診療する。材料も人件費も、この月に出ていきます
4月レセプトを請求
5月下旬やっと入金

つまり常に2か月分の売上が、宙に浮いています。 未収金として帳簿に残っている分です。

持っておきたい額目安
最低ライン月商の2か月分(入金のずれをまかなう)
安心できる月商の3か月分
目標現預金 > 借入金(実質無借金)

月商800万円の医院なら、最低1,600万円、できれば2,400万円。 いまの残高と比べてみてください。

金利は、精神安定剤の値段です

「借りたら利息がもったいない」と言われます。 金額を見てみましょう。

借入額金利2%なら1か月あたり
1,000万円年20万円約1.6万円
3,000万円年60万円約5万円
5,000万円年100万円約8.3万円

1,000万円を手元に置いておくのに、月1.6万円。

この1,000万円があることで、機器を買えて、悪い月を越えられて、夜よく眠れる。 それが月1.6万円なら、安いと私は思います。

逆に言えば、1,000万円を手元に置いて、年20万円も生み出せないなら、事業としてどうかという話でもあります。

繰上返済は、しないでください

お金に余裕が出ると、まとめて返したくなります。 気持ちは分かります。でも、やめてください。

 理由
手元のお金が減ります。実質無借金から遠ざかります
銀行に不義理です。貸した側は、利息で成り立っています
次に借りにくくなります。返済の実績を自分で消すことになります

③が現実的に痛い。 繰上返済をした数年後に業績が落ちて、また借りたいと相談に来られる。 これは実際によくあります。

そのとき、銀行が快く貸してくれるでしょうか。 返済の実績は、信用そのものです。自分から消さないでください。

住宅ローンについても同じことを書きました。 住宅ローンは繰上返済するなをご覧ください。

この位置は、借りられるうちにしか作れません

実質無借金は、「返して作る」ものではありません。 「借りて、使わずに置いておく」ことで作ります。

 やること
業績が良いうちに借りる。困ってからでは通りません
借りたお金を、すぐ使わない
返済は、予定どおり淡々と続ける
利益を出して、現預金を積む
現預金が借入残高を超えたら、達成

①がすべてです。銀行は、困っていない医院に貸したがります。 困ってから行くと、断られるか、条件が悪くなる。

借りられるときに借りる。これが鉄則です。 決算書が良いうちに動いてください。

置いておくお金は、預け先も考えてください

銀行が破綻した場合、利息のつく普通預金や定期預金は、1金融機関あたり元本1,000万円とその利息までしか保護されません。
一方、利息のつかない普通預金などの「決済用預金」は、全額が保護されます。 まとまった額を1行に置くなら、切り替えを検討する価値があります。手続きは窓口で言うだけです。

最後に。 無借金経営は、聞こえはいい。でもそれ自体が目的になると、判断を誤ります。

目指すのは借金ゼロではなく、いつでも返せる状態で、手元にお金があること。 そこに立てれば、医院の経営はずいぶん楽になります。 そして先生の眠りも、深くなります。

出典:預金保険制度による保護の範囲は預金保険機構および金融庁の公表内容による。 決済用預金(①決済サービスを提供できる、②預金者が払戻しをいつでも請求できる、③利息がつかない、 の3要件を満たす預金)は全額保護。利息のつく普通預金・定期預金などの一般預金等は、 1金融機関ごとに預金者1人当たり元本1,000万円までと破綻日までの利息等が保護される。 社会保険診療報酬の請求から支払までの流れは、社会保険診療報酬支払基金および 国民健康保険団体連合会の公表内容による。 持っておくべき現預金の水準や金利の試算は、公的な基準ではなく実務上の目安です。 いずれも2026年9月時点。

いまの現預金が、何か月分あるか出してみませんか。

決算書と直近の残高があれば、月商の何か月分か、借入残高とどちらが多いかがすぐ分かります。 足りないなら、いくら借りて、どう積み上げるかの計画を一緒に作ります。 業績が良いいまのうちが、動きどきです。

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最終更新:2026年9月12日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年9月)のものであり、その後の制度改正等により変更される場合があります。加入資格の可否は個別の事情によって異なりますので、実際のご判断にあたっては、必ず中小機構および税理士等の専門家にご確認ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。