iDeCo(個人型確定拠出年金)は、掛けたお金がまるごと所得控除になり、運用中の利益にも税金がかからず、受け取るときにも控除が用意されています。
制度としての優遇の厚さで言えば、たしかに個人でできる資産形成の中では上位に入ります。
それでも、医療法人の理事長からご相談を受けたとき、私が「まずiDeCoから」とお答えしない場面は少なくありません。
理由は単純で、理事長にはすでに退職金という大きな出口があり、そこにiDeCoを重ねると優遇が食い合ってしまうことがあるからです。
この記事では、制度の中身を押さえたうえで、あえておすすめしない3つのケースを先にお伝えします。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- iDeCoの税制優遇とは何ですか。
- 大きく3つです。
掛金が全額所得控除になること、運用益に課税されないこと、そして受け取るときに退職所得控除または公的年金等控除が使えること。
この3段構えが、iDeCoが「優遇が厚い」と言われる理由です。 - 医療法人の理事長はどれくらい掛けられますか。
- 理事長は厚生年金の被保険者となるため、企業年金のない会社員と同じ区分で扱われるのが一般的で、拠出限度額は月2.3万円です。
さらに2026年12月の制度改正で、この枠は月6.2万円へ引き上げられることが確定しています(掛金への反映は2027年1月引落分から。
本記事は2026年8月時点の制度に基づいています)。 - おすすめしないのはどんなケースですか。
- ①近い将来にまとまった資金が必要な先生(60歳まで引き出せません)、②理事長退職金の準備がすでに十分な先生(退職所得控除の枠を退職金で使い切ってしまいます)、③その年の所得が低く、所得控除の恩恵が小さい先生——この3つです。
まず整理——iDeCoの「3つの税制優遇」
iDeCoは、自分で掛金を出し、自分で運用先を選び、原則60歳以降に受け取る私的年金です。税制上の優遇は、入口・途中・出口の3か所に用意されています。
| 場面 | 優遇の内容 |
|---|---|
| 入口(掛けるとき) | 掛金が全額、小規模企業共済等掛金控除として所得控除になります。所得税・住民税がその分軽くなります |
| 途中(運用中) | 運用で出た利益に課税されません。通常の投資なら利益に約20%かかるところが、そのまま再投資に回ります。なお運用成績によっては、受取額が掛金の合計を下回る可能性があります |
| 出口(受け取るとき) | 一時金なら退職所得控除、年金形式なら公的年金等控除の対象になります |
注意していただきたいのは、出口の優遇は「非課税」ではなく「控除がある」だけだという点です。
掛けている間に軽くなった税金は、言ってしまえば受け取りのときまで先送りされている面があります。
出口で控除の枠が余っているかどうかで、最終的な手残りは変わります。ここが、理事長にとっての本題につながります。
医療法人の理事長は、いくらまで掛けられるのか
医療法人の理事長は、法人から役員報酬を受け取る厚生年金の被保険者です。
個人事業のクリニックだったころの「国民年金の第1号被保険者」とは区分が変わり、iDeCoの拠出限度額も、企業年金のない会社員と同じ扱いになるのが一般的です。
金額は、企業年金のない厚生年金被保険者の区分で月2.3万円(年間27.6万円)です。そして、ここに大きな動きがあります。
2026年12月1日施行の制度改正で、この枠は月6.2万円へと大幅に引き上げられることが確定しています(掛金への反映は2027年1月引落分から。
国民年金の第1号被保険者も月6.8万円から7.5万円へ引き上げ)。本記事は2026年8月時点の制度に基づく解説です。実際に始める際は、必ず最新の拠出限度額をご確認ください。
個人事業のクリニック時代に加入していた小規模企業共済は、医療法人化すると原則として続けられません。
iDeCoの枠が変わるのと同じく、法人化は「使える制度の組み合わせ」がまるごと入れ替わる場面です。
詳しくは小規模企業共済と医療法人の記事で整理しています。
ここで押さえておきたいのは、理事長にとってのiDeCoの枠は、資産形成全体で見れば決して大きくないということです。
月2.3万円なら年間27.6万円、引き上げ後の月6.2万円でも年間74.4万円。
医療法人の理事長が老後資金として準備する金額と比べると、主役ではなく脇役の位置づけになります。
この規模感を頭に置いたうえで、次の「おすすめしないケース」を読んでいただければと思います。
おすすめしない3つのケース
ケース1:近い将来、まとまった資金が必要な先生
iDeCoの最大の制約は、原則として60歳まで一切引き出せないことです。
途中でやめて現金化するという選択肢が、実質的にありません。
これは制度の欠陥ではなく、老後資金を確実に残すための設計なのですが、開業医の資金繰りとは相性が悪い場面があります。
新規開業・移転の自己資金/CT・MRI・内視鏡などの医療機器の更新/分院展開や医師の採用にともなう先行支出/自宅の購入や建て替え——こうした支出が数年内に見込まれるなら、その分の資金をiDeCoに入れてしまうと、必要なときに動かせません。
「節税できたが、手元が薄くなった」というのが一番避けたい形です。
医療機器は、更新のタイミングが読みにくいものです。故障や制度変更で前倒しになることもあります。
いつ必要になるか読み切れないお金は、60歳まで固定される器に入れない——これが基本の考え方です。
ケース2:理事長退職金の準備がすでに十分な先生
ここがこの記事の中心です。iDeCoを一時金で受け取るとき、その受取額は退職所得として扱われます。つまり、医療法人から支給する理事長退職金と、同じ土俵に乗るということです。
退職所得控除には勤続年数(iDeCoの場合は加入年数)に応じた枠がありますが、この枠は退職金とiDeCoで別々に用意されるわけではありません。
退職金だけで枠を使い切ってしまえば、iDeCoの一時金には控除が残っておらず、想定していた「出口の優遇」がほとんど効かないという結果になり得ます。
掛金の所得控除で毎年いくらか税金が軽くなっても、出口で控除が使えなければ、受け取り時に課税されます。
差し引きで見たときの節税効果が、当初の想定より小さくなるということです。
すでに生命保険や役員退職金の積立で十分な準備をされている先生ほど、この論点に当たりやすくなります。
医療法人の理事長退職金は、在任年数が長くなるほど控除の枠も大きくなり、金額としても数千万円規模になることが珍しくありません。
「iDeCoの出口の優遇が使えるかどうか」は、退職金の設計を見ないと判断できないのです。
退職金そのものの仕組みは医療法人の理事長退職金の記事で詳しく扱っています。
ケース3:所得控除の恩恵がそもそも小さい先生
iDeCoの入口の優遇は「所得控除」です。つまり、効き目の大きさは、その先生に適用される税率に比例します。所得が高いほど大きく効き、所得が低ければ小さくしか効きません。
医療法人の理事長は所得が高いケースが多いのですが、常にそうとは限りません。
役員報酬を抑えて法人に利益を残す方針をとっている年、設立直後で報酬をまだ低く設定している年、体調や事業の都合で診療を縮小している年——こうした状況では、所得控除の効果が想定より小さくなります。
そして所得が低い年ほど、資金の余裕そのものが小さいのが普通です。効き目が薄いうえに、60歳まで動かせない。この組み合わせは、あまり良い判断とは言えません。
最大の論点は、理事長退職金との「受取時期の調整」
ケース2でお伝えしたとおり、理事長にとってiDeCoの成否を決めるのは、掛けている間の話ではなく出口の設計です。
そしてこの出口には、もう一段の論点があります。受け取る順序と間隔です。
税法には、退職金とiDeCoの一時金を別の年に受け取った場合に、退職所得控除の枠が重ならないよう調整する仕組みがあります。具体的には次の2つです。
- iDeCoの一時金を後に受け取る場合——前年以前19年内に受け取った退職金があると、控除の枠が調整されます
- 退職金を後に受け取る場合——調整の対象期間が前年以前4年内から9年内に拡大されました(令和7年度税制改正。令和8年1月1日以後に支払を受ける退職金から、すでに適用されています)
したがって、どちらを先に受け取るか、両者を何年空けるかによって、最終的な手取りが変わります。
かつては「iDeCoの一時金を先に受け取り、5年空けてから退職金を受け取れば、退職所得控除を両方フルに使える」という出口設計が定番として語られてきました。
しかし上記の改正で調整の対象期間が9年に延びたため、この「5年ルール」を前提にした設計は、2026年(令和8年)以後に支払を受ける退職金からは通用しなくなっています。
過去の記事やセミナー資料の年数をそのまま使わず、受け取りの何年も前から、そのときのルールを前提に組み立ててください。
実務でいちばん惜しいと感じるのは、理事長の勇退時期がほぼ決まっているのに、iDeCoの受取設計と切り離して考えられているケースです。
iDeCoには、一時金で受け取るか、年金形式で受け取るか、あるいは組み合わせるかという選択肢もあります。
年金形式であれば公的年金等控除の側で受け止めることになり、退職所得控除の食い合いを避けられる場合があります。
どの形が有利かは、退職金の金額、在任年数、iDeCoの加入年数、勇退の年齢、そのときの公的年金の受給状況によって変わります。
これは「iDeCoの話」ではなく「理事長の出口設計の話」です。顧問税理士と一緒に、退職金とセットで組み立ててください。
節税商品から入らない。資金の流動性から考える
ここまで「おすすめしないケース」を並べてきましたが、iDeCoを否定しているわけではありません。
60歳まで動かす予定のない資金があり、所得が高く、退職金の設計にまだ余白がある先生にとっては、有効な選択肢です。
優遇の厚さは本物です。
申し上げたいのは、順序の話です。「節税になる商品はどれか」から入ると、資金の流動性という一番大事な条件が後回しになります。先に見るべきは、次の順番だと考えています。
- これから数年で、法人と個人にどれだけの支出予定があるか
- 手元にいくら残しておけば、機器更新や採用の判断を遅らせずに済むか
- 理事長の勇退時期と、退職金の想定額はどれくらいか
- そのうえで、なお60歳まで固定してよい資金がいくらあるか
この4つ目まで来て、はじめてiDeCoの出番です。
2026年12月に枠が月6.2万円へ広がるとはいえ、判断の順序を間違えてまで急ぐ制度ではありません。
医療法人の理事長にとっては、退職金・社宅・所得分散といった法人だからこそ使える仕組みのほうが、金額の規模ではるかに大きく効きます。
iDeCoは、それらを整えたあとの余白で考える——それが現実的な位置づけだと思います。
iDeCoの前に、退職金の設計を見せてください。
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最終更新:2026年9月1日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。