「保険診療には消費税がかからない。だからインボイスは関係ない」。 そう思っている先生は多いです。
半分は正しいです。 でも医院とインボイスの関係は、払う側と受け取る側の2つに分けて考える必要があります。 2026年10月1日から、インボイスのない相手から仕入れたときに引ける消費税が、80%から70%に下がりました。 これで損が出るのは、払う側のごく一部の医院だけです。
一方、受け取る側の医院は、登録しないほうがいいことがほとんどです。 「よく分からないまま登録して、払わなくていい消費税を払っている」。 これがいちばんもったいないケースです。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 保険診療しかしていなくても、関係ありますか。
- ほとんど関係ありません。影響が出るのは、自費などが年1,000万円を超えて消費税を納めていて、しかも本則課税の医院だけです。免税の医院と簡易課税の医院は、80%が70%になっても1円も変わりません。
- 影響が大きいのは、どんな医院ですか。
- 自費の技工料が多い歯科と、個人の先生に業務委託で払っている自費のクリニックです。自費のための仕入は割合で薄められず、下がった10ポイントがそのまま効きます。技工料が年600万円で全部が自費の技工物なら、年6万円です。
- 免税の医院は、インボイス登録をしたほうがいいですか。
- 原則として、しないでください。患者さんはインボイスを求めません。登録すると自費全体に消費税がかかり、最低2年はやめられません。企業健診などで求められても、値引きで済ませたほうが安いことが多いです。
医院とインボイスは「払う側」と「受け取る側」
インボイスは、消費税を納める事業者が出す、登録番号つきの請求書です。 医院から見ると、関わり方は2つあります。
| どんな場面か | 関係する医院 | |
|---|---|---|
| 払う側 | 技工所・業者・外部の先生にお金を払うとき、相手がインボイスを出せるか | 消費税を納めていて、本則課税の医院だけ |
| 受け取る側 | 患者さんや企業から、医院がインボイスを求められるか | 消費税を納めていない(免税の)医院が、登録するかどうか |
今回の80%→70%は、払う側の話です。 ただ現場で相談が多いのは、むしろ受け取る側の「うちも登録したほうがいいのか」です。 順番に見ていきます。
払う側で影響が出るのは、本則課税の医院だけ
インボイスを出せない相手(免税の個人の技工士さんなど)から仕入れた分は、本来、消費税を引けません。 急に0にすると影響が大きいので、引ける割合を段階的に下げています。
| 仕入れた時期 | 引ける割合 |
|---|---|
| 〜2026年9月30日 | 80% |
| 2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% |
| 2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% |
| 2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% |
| 2031年10月1日〜 | 0% |
令和8年度の税制改正で、期限が2年延び、70%と30%の段が加わりました。 日付は請求書の日付ではなく、技工物を受け取った日、作業をしてもらった日で分けます。 全体の流れと、関係するかの判定はインボイスの80%が、10月から70%に下がりますにまとめました。
ここで影響が出るのは、消費税を納めていて、本則課税を選んでいる医院だけです。
簡易課税は、実際の仕入を見ずに「もらった消費税の50%を払ったことにする」計算です。医療は第五種事業で50%です。
相手がインボイスを出せるかどうかは、計算に出てきません。
どちらを選んでいるか分からない先生は、簡易課税と本則課税をご覧ください。
医院で対象になりやすい支払い
| 相手 | 医院の例 |
|---|---|
| 個人の歯科技工所 | 歯科。技工士さん1人でやっている技工所は、登録していないことがあります |
| 業務委託の先生 | 医科・歯科。美容の施術医、麻酔の先生、インプラントの執刀医などに、給料ではなく報酬で払っている場合 |
| 個人の業者さん | 清掃、リネン、植栽、ホームページの更新、個人の大家さん |
非常勤の先生でも、給料として払っているなら消費税は関係ありません。 報酬で払っている場合は、源泉徴収の扱いにも注意が要ります。非常勤の先生への支払いもあわせてご覧ください。
技工料600万円の歯科医院で計算します
動画では「会社の消費税はいくら増えるか」を計算しました。 医院でも計算してみます。ここで効いてくるのが、その技工料が保険用か、自費用かです。
本則課税の医院は、払った消費税を「自費のため」「保険のため」「両方」に分けて引く方法(個別対応方式)が使えます。 自費のためだけの仕入は全額、両方に使うものは自費の割合だけ、保険のためだけのものは引けません。 理由は払った消費税が返ってこない話に書きました。
例えば、保険6,000万円・自費2,000万円の歯科医院(自費の割合25%)が、 免税の個人技工所に技工料を年600万円(税込660万円、消費税60万円)払っているとします。
| 技工料の中身 | 相手が登録していれば | 9月まで(80%) | 10月から(70%) | 1年の差 |
|---|---|---|---|---|
| 全部が保険の技工物 | 0円 | 0円 | 0円 | 0円 |
| 保険と自費が半分ずつ(自費分30万円が全額対象) | 30万円 | 24万円 | 21万円 | 3万円 |
| 全部が自費(インプラント上部構造・セラミック・矯正装置) | 60万円 | 48万円 | 42万円 | 6万円 |
| 区分せず、自費の割合25%で計算 | 15万円 | 12万円 | 10.5万円 | 1.5万円 |
保険の技工物は、もともと消費税を引けません。だから80%でも70%でも変わりません。 影響が出るのは自費の技工物だけです。 自費中心の歯科ほど、10ポイントがそのまま効きます。
2028年10月に50%になると、全部自費のケースで引けるのは30万円。 相手が登録している場合と比べて、年30万円の差になります。 今は小さくても、毎年じわじわ広がります。
医科の例:自費のクリニックと、保険中心の内科
美容皮膚科などの自費のクリニックが、免税の個人の先生に施術を業務委託し、 年1,100万円(税込、消費税100万円)払っているとします。 全部が自費の売上のための支払いなので、80%なら80万円、70%なら70万円。年10万円の差です。
一方、保険中心の内科(自費は健診など。割合10%)が、個人の清掃業者に年132万円(税込、消費税12万円)払っている場合。 12万円×80%×10%=9,600円が、12万円×70%×10%=8,400円になります。差は1,200円です。
個人の技工所が登録すると、技工所は消費税を納めることになります。
先ほどの660万円の技工所なら、もらった消費税は60万円。
登録で納税することになった個人には特例があり、2026年分は2割(12万円)、2027年分・2028年分は3割(18万円)を納めれば済みます。
技工所は医療に附帯するサービス業なので、その後に簡易課税を選べば第五種で、半分の30万円です。
全部が自費の技工物の医院でも、相手が登録して医院が得をする額(70%の期間で年18万円)と、技工所の負担(3割特例で18万円)は同じくらいです。「登録してください」と頼む前に、この数字を思い出してください。
受け取る側は、登録を求められることがほぼない
次は逆の立場です。 自費が年1,000万円以下で、消費税を納めていない医院の話です。
インボイスが要るのは、受け取った相手が消費税を引きたいときだけです。 患者さんは消費税を引きません。 だから自費のインプラントでも、美容の施術でも、患者さんからインボイスを求められることはありません。
例外は、会社が支払う売上です。 企業健診、産業医の報酬、生命保険の診査、講演料・原稿料。 相手の会社が「登録番号を教えてください」と言ってくることがあります。
そのときは、値引きと比べてください
例えば、免税の内科(個人)が、企業健診で年330万円(税込)を受け取っているとします。 ほかに予防接種・文書料などの課税売上が220万円あり、合計550万円です。
| 1年の負担 | |
|---|---|
| 登録しない場合の、相手の会社の損(健診の消費税30万円のうち、引けなくなる30%) | 9万円 |
| 登録した場合の、医院の納税(3割特例:550万円の消費税50万円×30%) | 15万円 |
| 同じく、特例が終わった後(簡易課税:50万円×50%) | 25万円 |
登録すると、会社に払ってもらう健診だけでなく、患者さんからもらう自費全体に消費税がかかります。 会社の損を値引きで埋めたほうが、ずっと安く済みます。 これに申告の手間と、税理士の費用が加わります。
知らずに登録した医院は、どうなるか
動画「インボイスを知らずに登録した末路」でお話しした内容は、医院にもそのまま当てはまります。 いちばん困るのは、すぐにはやめられないことです。
| 内容 | |
|---|---|
| 2年はやめられない | 免税の医院が登録すると、登録日から2年を過ぎる日を含む年(法人は事業年度)までは、登録をやめても消費税を納めます(2023年10月1日を含む期間に登録した場合を除く) |
| やめる届出の期限 | やめたい年(期)が始まる日の15日前まで。過ぎると、さらに1年延びます |
| 名前が公表される | 国税庁の公表サイトに、登録番号と氏名(法人名)が載ります |
2割特例は、個人と法人で終わり方が違います
登録で納税することになった医院は、もらった消費税の2割を納めれば済む「2割特例」が使えました。 令和8年度の税制改正で、ここが変わっています。
| 2026年分(期) | 2027年分・2028年分 | それ以降 | |
|---|---|---|---|
| 個人の医院 | 2割特例 | 3割特例(新設) | 簡易課税か本則課税 |
| 医療法人 | 2026年9月30日を含む期まで2割特例 | 簡易課税か本則課税(3割特例はありません) | |
医療法人には3割特例がありません。 登録している医療法人は、次の期から納税額が一気に増えることがあります。 特例が終わった次の期は、その期の申告期限までに届け出れば、簡易課税を選べます。 この届出を忘れないでください。
そもそも自費が1,000万円以下に戻っているなら、登録をやめるのも選択肢です。 ただし2年の縛りと、15日前の期限を必ず確認してから動いてください。 いつから納税する側になるかは自費が1,000万円を超えたらに書きました。
院長が今やること
先生の医院がどれに当たるかで、やることは決まります。
| 医院のタイプ | やること |
|---|---|
| 免税で、登録していない | 何もしなくて大丈夫です。企業から登録番号を求められたら、登録する前に値引きと比べてください |
| 免税だったのに、登録している | 自費の額を確認し、登録をやめられるか、2年の縛りと届出の期限を確認してください |
| 納税していて、簡易課税 | 今回の改正の影響はありません |
| 納税していて、本則課税 | 主な取引先の請求書に「T」で始まる番号があるか確認してください。自費の技工料・業務委託料が多いなら、年いくら減るかを計算してください |
| 登録している医療法人 | 2割特例が終わる期を確認し、簡易課税の届出を検討してください |
どのタイプでも、腕のいい技工所や、信頼している先生との取引をやめる理由にはなりません。 金額を出してみれば、多くの医院で年数万円の話です。 まず数字を知ってから、決めてください。
出典:国税庁「令和8年度税制改正特集(インボイス制度の見直し)」および「インボイス制度に関する令和8年度税制改正について」(令和8年5月改訂) (免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置の控除割合は令和8年10月1日〜令和10年9月30日70%・令和12年9月30日まで50%・令和13年9月30日まで30%、 一の事業者からの課税仕入れの上限は令和8年10月1日以後開始の課税期間から1億円、2割特例は令和8年9月30日までの日の属する課税期間で終了、 個人事業者は令和9年分・令和10年分に3割特例、2割・3割特例適用後の簡易課税選択届出は翌課税期間の申告期限まで)。 国税庁「インボイス発行事業者の登録を受けましたが、しばらくして必要ないと感じたらすぐに登録を取り消すことができるのでしょうか?」 (取消しは課税期間の初日から起算して15日前の日まで、免税事業者が登録した場合は登録日以後2年を経過する日の属する課税期間まで課税事業者)。 国税庁 質疑応答事例「日本標準産業分類からみた事業区分(P医療、福祉)」(医療業〔83〕は医療に附帯するサービス業〔836〕を含め第五種事業)、 総務省「日本標準産業分類」(歯科技工所は8361)。国税庁タックスアンサー No.6401「仕入控除税額の計算方法」、No.6505「簡易課税制度」。 試算は分かりやすさを優先した目安で、消費税は税込金額の10/110として計算しています。いずれも2026年10月時点。
先生の医院は、払う側か、受け取る側か。
消費税を納めているか、簡易課税か本則課税か、インボイス登録をしているか。 この3つが分かれば、今回の改正で何をすべきかはすぐに決まります。 登録をやめられるか、技工料で年いくら減るかまで、数字でお出しします。
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最終更新:2026年10月7日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年10月)のもので、試算は分かりやすさを優先した目安です。実際のご判断にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。