スタッフの給料、歯科材料、検査の外注、電気代、借入の金利。 ここ数年で、医院の費用はほとんど全部上がりました。
一方で、保険診療の値段は国が決めます。医院が自分で上げることはできません。 では、自費の料金表は、最後にいつ見直しましたか。 開業したときのまま、という医院は少なくありません。
費用が上がって、値段が変わらない。その差額は、医院が黙って負担しています。 この記事では、自費を1%・3%・5%上げると利益がいくら変わるかを、歯科と医科の例で計算します。 上げ方と、上げる前に確かめる決まりごとまでまとめました。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 保険診療の医院でも、値上げはできますか。
- 自費の部分だけはできます。自由診療(インプラント・矯正・美容など)、任意の予防接種、自費の健診、診断書などの文書料は、医院が値段を決めます。
- 1%上げると、利益はいくら増えますか。
- 自費の売上×1%が、ほぼそのまま利益に乗ります。値札を変えても、材料費や人件費は増えないからです。自費3,000万円の歯科なら、1%で30万円、5%で150万円です。
- 患者さんが離れるのが心配です。
- 何%減っても利益が同じかを、先に計算してください。材料費・技工料が自費の3割の医院なら、5%上げて約6.7%の件数が減っても、利益は変わりません。そのぶん、院長とスタッフの時間が空きます。
費用は上がり、保険の点数は追いつかない
2026年度の診療報酬改定で、診療報酬の本体は2026年度に2.41%引き上げられました(2026年6月から)。 数字だけ見ると、大きく上がったように見えます。
ただ、そのうち半分ほど(1.23%)はスタッフの賃上げに回すお金です。 物価の上昇に対応する分として、国が診療所に配った幅は次のとおりです。
| 物価対応として配分された幅(2026・2027年度の平均) | 改定率 |
|---|---|
| 医科診療所 | +0.10% |
| 歯科診療所 | +0.02% |
材料費や光熱費、外注費の上がり方と比べると、ほとんど上がっていないのと同じです。 しかも賃上げ分は、スタッフの給与に回すことが前提です。院長の手元を厚くするお金ではありません。
人件費の上昇をどこまで制度で取り戻せるかは、最低賃金で増えた人件費は、賃上げ税制でどこまで戻るかで計算しました。 この記事は、その残りの話です。医院が自分で動かせる値段の話です。
医院が値段を決められるのは、ここだけです
保険診療の点数は動かせません。 でも、保険の外にある費用は、医院が値段を決めます。
| 医院が値段を決めるもの(例) | |
|---|---|
| 歯科 | インプラント、矯正、セラミックなどの自費の被せ物・詰め物、ホワイトニング、金属床の入れ歯、自費のメンテナンス、歯ブラシや歯磨き粉などの物販 |
| 医科 | 自由診療(美容皮膚科・AGA・自費の点滴など)、任意の予防接種、人間ドックや企業健診、生命保険などの診断書・意見書の文書料、物販 |
厚生労働省の通知でも、生命保険などに必要な診断書の作成代、インフルエンザなどの予防接種、治療とは別の検診は、保険とは別に費用を受け取れるものとして挙げられています。 金額は国が決めていません。医院が決めます。
高齢者のインフルエンザなどの定期の予防接種や、市のがん検診・特定健診のように、市町村や保険者との契約で単価が決まっているものは、医院が自由に変える値段ではありません。
まず、自院の自費の売上を「自分で決めているもの」と「契約で決まっているもの」に分けてください。
値上げを考えるのは、前のほうだけです。
1%で、利益はいくら変わるか
動画では、年商1億円・利益500万円の会社が1%値上げすると、売上が100万円増え、利益は600万円になる(20%増える)という例を出しました。 値札を変えただけなので、仕入れも人件費も家賃も増えない。増えた売上が、まるごと利益に乗るからです。
医院では、上げられるのは自費の部分だけです。 例えば、次の歯科医院で計算します(金額は消費税を除いた額です)。
| 前提 | 金額 |
|---|---|
| 医業収益 | 1億円(保険診療7,000万円・自費3,000万円) |
| 費用の合計 | 9,400万円 |
| 利益 | 600万円 |
自費の料金だけを上げて、件数は変わらないとします。
| 自費の値上げ | 増える売上 | 利益 | 利益の増え方 |
|---|---|---|---|
| 1% | 30万円 | 630万円 | +5% |
| 3% | 90万円 | 690万円 | +15% |
| 5% | 150万円 | 750万円 | +25% |
| 10% | 300万円 | 900万円 | +50% |
40万円のインプラントなら、5%は2万円です。 その2万円を年間の件数分積み上げると、利益が4分の1増えます。
医科の例も見てみます。個人開業の内科クリニックで、生命保険などの診断書を年300枚書いているとします。 1枚3,000円を5,000円にすると、年60万円です。 任意のインフルエンザ予防接種を年1,500回、1回300円上げれば、年45万円。 合わせて105万円が、ほぼそのまま利益になります。
逆に、値引きはそのまま利益を削ります
同じ計算は、反対向きにも働きます。 インプラント40万円を年30本、紹介キャンペーンで1割引にして本数が変わらなければ、120万円がそのまま利益から消えます。 上の歯科医院なら、利益600万円が480万円。2割減です。
なお、費用の安さを前面に出す広告は、医療広告のルールでも好ましくないものとされています。 値引きは、利益の面でも広告の面でも、慎重に考えてください。
カード決済やデンタルローンの手数料のように、値段に比例してかかる費用は少し増えます。 また、増えた利益には法人税や所得税がかかります。 それでも、材料費・技工料・人件費は値札を変えても増えないので、増えた売上のほとんどが利益に残ります。
患者さんは、本当に離れるか
ここまで読んで、「そんなに簡単に上げられない」と思った先生も多いと思います。 動画でも話しましたが、私自身も値上げは怖いです。
ただ、40万円のインプラントが42万円になったことだけを理由に、医院を変える患者さんはどれくらいいるでしょうか。 自費の治療を選ぶ患者さんは、説明のわかりやすさ、技術、通いやすさ、スタッフの対応で医院を選んでいることが多いはずです。
だから、値上げの前にやってほしいのは、自院が選ばれている理由を見直すことです。 長く通ってくれている患者さん、家族や知人を紹介してくれる患者さんは、何を評価してくれているのか。 それが言葉にできれば、値段の説明もできます。
何%減っても、利益は同じか
怖さを小さくするには、先に計算しておくことです。 材料費・技工料などが自費の売上の30%かかる医院で計算すると、こうなります。
| 自費の値上げ | この割合まで件数が減っても、利益は同じ |
|---|---|
| 3% | 約4.1% |
| 5% | 約6.7% |
| 10% | 12.5% |
計算は「値上げ率 ÷(1+値上げ率-材料費などの割合)」です。 上の歯科医院で5%上げた場合、自費の件数が6.7%減っても、利益は600万円のまま変わりません。
そして、件数が減ったぶん、チェアの時間、院長の手、スタッフの手が空きます。 同じ利益で、仕事が少し軽くなる。これが次の節以降の話につながります。
上げ方は、新しい治療計画から
いきなり全部を2割上げる必要はありません。 動画で話した上げ方を、医院に置き換えるとこうなります。
| 上げ方 | 医院での形 |
|---|---|
| 新しい患者さん・新しい治療計画から | 施行日を決めて、その日以降に始める治療計画から新料金にする。すでに見積りを出して治療が進んでいる患者さんは、元の料金のままにする |
| 区切りで上げる | 自費メンテナンスや会員制のプランなら、更新のときから。半年ほど前から院内で知らせる |
| 3段階の料金にする | 自費の被せ物を素材で3段階に分ける、人間ドックを基本・標準・充実の3コースにする。人は真ん中を選びやすいので、真ん中の料金を少し上げても受け入れられやすい |
3段階にすると、いちばん上を選ぶ患者さんも出てきます。 「安すぎると不安」という方は、医科にも歯科にもいらっしゃいます。
値上げの申し訳なさから、「保証を延ばします」「メンテナンスを1回つけます」と足していくと、
結局スタッフの仕事が増え、値上げした意味がなくなります。
まず、今の内容が今の値段に見合っているかを考えてください。
患者さんにアンケートで聞いてみるのも一つの方法です。
上げる前に確かめる4つの決まり
医院の値上げには、一般の会社にはない決まりがあります。施行日の前に確認してください。
| 確かめること | |
|---|---|
| ① 院内の掲示と同意 | 文書料や予防接種など保険とは別にもらう費用は、受付や待合室など見やすい場所に内容と料金を掲示し、患者さんに説明して文書で同意をもらうことになっています。料金を変えたら、掲示と同意書の様式も直します。金属床の入れ歯のように保険と組み合わせる自費(保険外併用療養)の料金は、院内の掲示に加えて、ホームページがあればそこにも載せる決まりです |
| ② ホームページの料金 | 自由診療をホームページで案内するときは、治療の内容、標準的な費用、治療の期間と回数、主なリスクや副作用を書くのが条件です。新しい料金に直し忘れると、書いてある内容と実際が違うことになります。広告の考え方は医療法人の広告宣伝費|節税と医療広告規制の両立へ |
| ③ 税込で表示する | 消費税を納めている医院が、料金表やホームページで患者さんに値段を見せるときは、消費税を含めた金額で表示する決まりです(総額表示)。税抜の金額だけを書くことはできません |
| ④ 自費1,000万円の線 | 消費税を納めるかどうかは、保険診療を除いた自費などの売上が1,000万円を超えるかで決まります。例えば自費960万円の医院が5%上げると1,008万円になり、2年後から消費税を納める側になります。詳しくは自費が1,000万円を超えたら|2年後に消費税が来ますへ |
④は、値上げの効果を消費税で一部返す形になります。 1,000万円の手前にいる医院は、上げ幅と時期を顧問税理士と一緒に決めてください。
値上げの本当の目的と、院長が今やること
動画の最後に話したことが、この記事でいちばん伝えたいことです。 値上げの本当の目的は、院長が未来の仕事をする時間を作ることです。
単価を上げて、件数が少し減っても利益が同じなら、仕事量は減ります。 空いた時間で、院長は次のことを考えられます。 新しい治療の導入、衛生士や看護師の採用と教育、機器の入れ替え、予約や会計の仕組みづくり、AIの導入。 どれも、まとまった時間がないとできない仕事です。 日々の診療に追われているだけでは、3年後の医院は今と変わりません。
もう一つ。大事なのは売上ではなく、残る利益です。 件数を増やして、人を増やして、それでも手元に残らない医院より、 件数は控えめでも利益がきちんと残る医院のほうが、スタッフにも患者さんにも長く続けられます。 利益が黒字か赤字かは、銀行が決算書で見ているところでもあります。
| 順 | 院長が今やること |
|---|---|
| 1 | 直近1年の自費の売上を、種類別に書き出す(自分で値段を決めているものだけ) |
| 2 | それぞれの料金を、最後にいつ変えたかを書く |
| 3 | 1%・3%・5%上げたら、利益がいくら増えるかを計算する |
| 4 | 何%件数が減っても利益が同じかを計算する |
| 5 | 施行日を決め、掲示・同意書・料金表・ホームページを税込の新料金に直す |
| 6 | 自費1,000万円の線に近くないかを確かめる |
| 7 | 空いた時間を何に使うかを、先に決めておく |
1と3は、毎月の試算表があれば30分でできます。 試算表のどこを見るかは、毎月の試算表、どこを見るか|院長のための3か所にまとめています。
最後に。 自院の治療と説明に自信があるなら、値下げする理由はありません。 まず、自費を1%上げたら利益がいくら増えるか。今日、計算してみてください。
自費の料金、上げたら利益がいくら変わるか一緒に計算します。
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最終更新:2026年10月31日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の料金設定や税務上の取扱いを保証するものではありません。記載の制度は執筆時点(2026年10月)のもので、その後の改正により変わる場合があります。料金の掲示・広告の表現は医院を所管する厚生局・保健所の窓口に、税務は税理士等の専門家にご確認ください。