企業健診や産業医の仕事をきっかけにインボイスに登録し、消費税は「もらった消費税の2割」だけを納めてきた。 そういう医院は、個人の先生にも医療法人にもあります。
この「2割特例」が終わります。 個人の医院は2026年分まで、医療法人は2026年9月30日を含む期までです。 その後は計算方法を選び直すことになり、選び方しだいで納める額が1.5倍から2.5倍に増えます。
一般には「次は簡易課税が有利」と言われます。医院でも多くはそうです。 ただし、技工料や材料、薬の仕入が多い医院は、本則課税のほうが安くなることがあります。 この記事では、自費800万円の医院を例に、3つの選択肢を数字で並べます。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 2割特例が終わったら、何を選べばいいですか。
- 個人の医院は、2027年分と2028年分は「3割特例」がほぼ最安です。医療法人に3割特例はありません。終わった次の期から、簡易課税か本則課税のどちらかです。
- 簡易課税と本則課税、医院はどちらが得ですか。
- 多くは簡易課税です。ただし、自費のための技工料・材料・ワクチンなどが自費の売上のおおむね4分の1を超える医院や、院内処方で薬の仕入が収入の大きな割合を占める医院は、本則課税のほうが安いことがあります。計算してから決めてください。
- 簡易課税の届出は、いつまでですか。
- 2割特例・3割特例を使った次の期だけは、その期の申告期限までに出せば間に合います。3月決算の医療法人なら、2028年3月期の分を2028年5月31日までです。この特例は1回きりです。
2割特例は、個人と医療法人で終わる時期が違います
2割特例は、インボイスに登録したことで消費税を納めることになった小さな事業者向けの特例です。 もらった消費税の2割を納めれば済みます。 法律上は「2026年9月30日を含む課税期間まで」です。
「9月で終わった」と思われがちですが、使えるのは9月30日を含む1年分の申告までです。 そのあとが、個人と医療法人で分かれます。
| 2割特例が使える最後 | その次 | |
|---|---|---|
| 個人の医院 | 2026年分(2027年3月に申告) | 2027年分・2028年分は3割特例。2029年分からは簡易課税か本則課税 |
| 医療法人(3月決算) | 2027年3月期 | 2028年3月期から、簡易課税か本則課税 |
| 医療法人(9月決算) | 2026年9月期 | 2027年9月期から、簡易課税か本則課税 |
| 医療法人(12月決算) | 2026年12月期 | 2027年12月期から、簡易課税か本則課税 |
3割特例は、令和8年度の税制改正で新しくできた、個人だけの経過措置です。 もらった消費税の3割を納めます。事前の届出は要りません。申告書に書くだけです。
2割特例と同じく、2年前の自費などの売上が1,000万円以下であることが条件です。
2027年分なら2025年、2028年分なら2026年の数字で見ます。前の年の1月〜6月で1,000万円を超えた場合なども使えません。
自費が伸びている先生は、自費が1,000万円を超えたらで判定のしかたを確認してください。
自費800万円の医院で、納める額を並べます
自費・健診・予防接種・文書料など、消費税のかかる売上が年800万円(税抜)の医院で考えます。 患者さんや企業から受け取る消費税は80万円です。
| 計算方法 | 考え方 | 納める消費税 |
|---|---|---|
| 2割特例 | 80万円×20% | 16万円 |
| 3割特例(個人のみ) | 80万円×30% | 24万円 |
| 簡易課税 | 80万円−80万円×50% | 40万円 |
| 本則課税 | 80万円−実際に引ける消費税 | 医院による |
簡易課税は、実際の仕入を見ずに「もらった消費税の一定割合を払ったことにする」計算です。 医療は第五種事業で、その割合は50%です。 2割特例から簡易課税に移ると、16万円が40万円。2.5倍です。
個人の医院は、3割特例を使えば24万円で止まります。 医療の簡易課税は50%なので、医院では3割特例のほうが安くなります。 動画で「個人は基本的に3割特例」とお話ししたのは、このためです。
問題は医療法人と、2029年以降の個人です。 ここで「本則課税ならいくらか」を一度は計算してください。 簡易課税と本則課税の一般的な比べ方は簡易課税と本則課税に書きました。 ここでは、2割特例を使っていたような自費が1,000万円以下の医院に絞って見ます。
本則課税のほうが安くなる医院があります
保険診療は非課税なので、保険診療のための仕入で払った消費税は、原則として引けません。 理由はクリニックの消費税は、払っても返ってきませんに書きました。 だから「医院は本則課税だと不利」と言われます。
ただ、本則課税の引き方は2通りあり、どちらかを選べます。 それぞれ、簡易課税より安くなる条件がはっきりしています。
| 本則課税の計算方法 | 引ける消費税 | 簡易課税より安くなる目安 |
|---|---|---|
| 個別対応方式 | 自費のためだけの仕入は全額。共通の仕入は自費の割合だけ。保険のためだけの仕入は0 | 自費のためだけの仕入(技工料・インプラント部材・ワクチンなど)が、自費の売上の4分の1前後を超える |
| 一括比例配分方式 | 仕入全体の消費税×自費の割合 | 消費税のかかる仕入・経費(税抜)が、保険も含めた収入全体の半分を超える |
一括比例配分方式は、仕入を分けずに「全部×自費の割合」で引きます。 つまり保険診療のために買った薬や材料も、自費の割合の分だけは引ける計算です。 仕入がとても多い医院では、これで簡易課税を上回ります。
個別対応方式は、仕入を「自費のため」「保険のため」「共通」に分けて記帳していることが前提です。
一括比例配分方式は、一度選ぶと2年間は個別対応方式に変えられません。
歯科と医科で試算します
歯科:自費の技工料が多い医院
例えば、収入6,000万円(保険5,200万円・自費800万円)の歯科医院です。 自費の割合は約13.3%。 家賃・リース・共通の材料など、保険と自費の両方に使う経費が年1,500万円(税抜、消費税150万円)あるとします。 共通の分で引けるのは、150万円×13.3%=20万円です。
ここに、セラミックやインプラント上部構造の技工料、インプラント体、マウスピース矯正の装置など、自費のためだけの仕入が加わります。
| 自費のためだけの仕入 | 引ける消費税(共通20万円+自費分) | 本則課税で納める額 | 簡易課税(40万円)との差 |
|---|---|---|---|
| 160万円(自費の20%) | 36万円 | 44万円 | 簡易課税が4万円安い |
| 240万円(自費の30%) | 44万円 | 36万円 | 本則課税が4万円安い |
| 320万円(自費の40%) | 52万円 | 28万円 | 本則課税が12万円安い |
分かれ目は、自費のためだけの仕入が200万円(自費の25%)のところです。 自費の技工物を外の技工所に出している歯科では、珍しくない水準です。
ただしこれは、仕入を分けて記帳していればの話です。 同じ医院が分けずに一括比例配分方式で計算すると、保険の技工料・材料900万円を含めた仕入2,720万円の消費税272万円×13.3%で、引けるのは約36万円。 納める額は約44万円で、簡易課税より高くなります。 自費の技工料が多い歯科は、記帳の分け方が数十万円を左右します。
医科:院内処方で薬の仕入が多い内科
例えば、収入1億円(保険9,200万円・健診や予防接種などの自費800万円)の内科で、院内処方をしているとします。 自費の割合は8%です。 薬剤とワクチンの仕入が3,800万円、その他の経費が1,800万円で、消費税のかかる仕入・経費は合計5,600万円(税抜)です。
| 院内処方の内科 | 院外処方の内科(仕入・経費1,800万円) | |
|---|---|---|
| 仕入・経費の消費税 | 560万円 | 180万円 |
| 一括比例配分方式で引ける額(×8%) | 44.8万円 | 14.4万円 |
| 本則課税で納める額 | 35.2万円 | 65.6万円 |
| 簡易課税(40万円)との比較 | 本則課税が4.8万円安い | 簡易課税が25.6万円安い |
院内処方の内科は、仕入・経費(5,600万円)が収入の半分(5,000万円)を超えています。 薬の大半は保険診療のためのものですが、一括比例配分方式なら自費の割合の分は引けるので、簡易課税を上回りました。 同じ規模でも院外処方なら、簡易課税のほうがはっきり有利です。
上の試算で本則課税がいちばん安いのは、歯科の28万円でした。 それでも3割特例の24万円には届きません。 本則課税が3割特例を上回るのは、もらった消費税の7割を超えて引ける年です。 大きな機器を買う年などに限られます。医療機器を買った年の消費税もあわせてご覧ください。
簡易課税の届出は、1回だけ遅くてもいい
本則課税は届出が要りません。何もしなければ本則課税です。 簡易課税にするには「消費税簡易課税制度選択届出書」を出します。 期限は本来、その期が始まる前の日までです。
ただし、2割特例や3割特例を使った次の期だけは、その期の確定申告の期限までに出せば、その期から簡易課税を使えます。 令和8年度の改正で、期限がここまで延びました。
| 簡易課税にする期 | 届出の期限 | |
|---|---|---|
| 個人の医院(3割特例を2028年分まで使う) | 2029年分 | 2030年4月1日 |
| 医療法人(3月決算) | 2028年3月期 | 2028年5月31日 |
| 医療法人(9月決算) | 2027年9月期 | 2027年11月30日 |
| 医療法人(12月決算) | 2027年12月期 | 2028年2月29日 |
申告期限の延長を受けている医療法人は、延長後の期限になります。 決算を締めて、本則課税と簡易課税の両方で計算してから選べる、ということです。 その代わり、簡易課税は一度選ぶと2年間はやめられません。 この期限を逃すと、その期は本則課税で確定し、次からは通常どおり「始まる前の日まで」です。
2割特例は、簡易課税の届出を出していても申告のときに選べました。
そのため、登録のときに簡易課税の届出も一緒に出している医院があります。
その場合、何もしなければ次の期は簡易課税です。
本則課税のほうが安い医院は、やめる届出(簡易課税制度選択不適用届出書)が要り、期限はその期が始まる前の日までです。
控えが手元にあるか、まず確認してください。
増えた分の納税資金を、毎月よけておく
動画でいちばん強調したのは、ここです。 16万円なら一度に払えても、40万円となると、資金繰りの中で効いてきます。
3月決算の医療法人が簡易課税で年40万円を納めるなら、毎月3万5,000円を別の口座に自動で移しておけば、1年で42万円たまります。 定期積金にして、満期を納付の月に合わせるのも一つの方法です。 普段使う口座に残しておくと、通帳の残高を見て「意外とある」と使ってしまいます。
消費税の額が大きくなると、翌年から前払いの納付書も届くようになります。 これは消費税の中間納付に書きました。 所得税・法人税も同じで、見込み額を月割りでよけておけば、申告の月に慌てずに済みます。
院長が今やること
動画の最後にお話しした「3つの確認」を、医院向けに置き換えます。
| 確認すること | |
|---|---|
| ① | 2割特例はどの年(期)まで使えるか。医療法人は決算月で変わります |
| ② | その後の計算方法。個人は3割特例が使えるか。医療法人は、本則課税(個別対応・一括比例)と簡易課税の両方で計算したか |
| ③ | 来年の消費税はいくらか。その分を毎月よける仕組みがあるか |
本則課税を検討する医院は、今のうちから仕入を「自費のため」「保険のため」「共通」に分けて記帳してください。 自費の技工料、インプラント体、自費の薬やワクチン、健診の外注検査。 これを分けておかないと、本則課税の有利さは使えません。
2027年から2028年に医療法人化を考えている先生は、法人側では3割特例が使えない点も数字に入れてください。 また、自費が1,000万円以下に戻っているなら、そもそも登録を続けるかも選択肢です。 やめるときの2年の縛りと期限は保険診療の医院にインボイスは関係あるのかに書きました。
どの方法が安いかは、勘ではなく計算で決まります。 決算の数字と仕入の中身が分かれば、答えはすぐに出ます。
2割特例のあと、先生の医院はいくら納めることになりますか。
直近の決算書と、仕入(技工料・材料・薬剤)の内訳を見せてください。 3割特例・簡易課税・本則課税(個別対応・一括比例)のすべてで計算し、いちばん安い方法と、届出の期限をお伝えします。 届出は期限を1日でも過ぎると効きませんので、決算の前にご相談ください。
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最終更新:2026年10月23日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・期限は執筆時点(2026年10月)の国税庁の案内にもとづき、試算は消費税と地方消費税を合わせて10%とした概算です。実際の計算方法の選択と届出にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。