福岡県の最低賃金が、10月4日から1,114円になりました。 受付や歯科助手、医療事務のパートさんが多い医院ほど、人件費はそのまま増えます。

増えた人件費の一部は、税金で取り戻せます。 賃上げ税制(正式には賃上げ促進税制)です。 スタッフの給与の合計を前の年より増やすと、増えた分の15%か30%を、税金から直接引けます。

ただし、最低賃金に合わせるだけでは、1円も戻らないことがあります。 パート5人・歯科衛生士4人の歯科医院で、上げる額と戻る税金を順に計算しました。 個人開業の先生にも、医療法人の理事長にも当てはまる話です。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

最低賃金に合わせて時給を上げれば、賃上げ税制は使えますか。
それだけでは足りないことがあります。判定するのは、スタッフ全員に払った給与の合計が前の年より1.5%以上増えたかです。パートの時給を上げただけでは、合計が1.5%に届かない医院が多いはずです。
どこまで取り戻せますか。
増えた給与の15%か30%です。合計が1.5%以上増えれば15%、2.5%以上なら30%。ただし、引けるのはその年の法人税(個人は事業の所得税)の20%までです。
院長や家族の給与を上げた分も入りますか。
入りません。理事長・理事の報酬も、院長や理事長の家族の給与も、判定から外れます。逆に、ベースアップ評価料で上げたスタッフの給与は、そのまま数えられます。

福岡は10月4日から1,114円。10年で4割上がりました

福岡県の最低賃金は、1,057円から1,114円になりました。 57円、率にすると約5.4%の引上げです。 上がった日は令和8年10月4日です。10月1日ではありません。

1年だけで見ると、57円です。 でも10年で見ると、印象が変わります。

年度最低賃金(全国の平均)
2016年度(平成28年度)823円
2025年度(令和7年度)1,121円
2026年度(令和8年度)1,177円

823円が1,177円。10年で約43%上がっています。 パートさんの時給は、10年前の1.4倍が下限になったということです。

上がる日や、手当を含めてよいかどうかの細かい話は、 最低賃金が1,177円になります|医院の時給、いつまでに見直すかにまとめました。 この記事は、上げたあとの話です。

医院は値上げができません。だから原資は2つです

一般の会社なら、人件費が上がれば商品の値段を上げます。 医院はそれができません。保険診療の値段は国が決めています。

自費(インプラント・矯正・美容・自由診療の検査など)は自分で値段を決められます。 ただ、保険診療が中心の医院では、自費だけで人件費の上昇を吸収するのは難しいはずです。

そのかわり、国は賃上げの原資を2つ用意しています。

 ベースアップ評価料賃上げ税制
何か診療報酬の上乗せ税金から直接引く制度
入るとき毎月の診療報酬と一緒に決算・確定申告のとき
条件届出をして、スタッフの賃金改善に充てるスタッフの給与の合計が前の年より1.5%以上増える
使う人保険医療機関青色申告の個人開業医と医療法人

どちらか一方ではありません。両方とも使えます。 医院にとっての「値上げ」は、この2つを取りこぼさないことです。

歯科医院で計算すると、こうなります

例えば、福岡市の医療法人の歯科医院で考えます。

前提中身
スタッフ歯科衛生士(常勤)4人、歯科助手・受付(パート)5人
パートの時給1,060円。1か月100時間
前の期のスタッフ給与の合計2,500万円(賞与を含む。理事長・理事の分は除く)
そのほかスタッフの入れ替わりはなし。上げた後の1年分で比べる

1,060円は、新しい最低賃金1,114円を下回ります。 パート5人は、上げなければ違反になります。 ここでは1,120円(60円増)に上げるとします。

判定のラインは、2,500万円の1.5%=37.5万円と、2.5%=62.5万円です。 上げ方ごとに並べます。

やったこと増えた給与(年)増えた割合引ける割合税金から引ける額
① パート5人を1,120円にする36万円1.44%—0円
② ①+衛生士4人の月給を5,000円上げる60万円2.40%15%9万円
③ ②+衛生士4人の冬の賞与を1万円ずつ増やす64万円2.56%30%19.2万円

①の計算は、60円×100時間×12か月×5人=36万円です。 最低賃金に合わせただけでは1.44%。1.5%に届かず、税金は1円も減りません。

②は、時給を上げたパートと衛生士の差が詰まらないように、衛生士も上げた場合です。 5,000円×12か月×4人=24万円が加わり、2.40%。15%の9万円が引けます。

③が、この記事でいちばん伝えたいところです。 あと4万円の賞与で2.5%を超え、引ける額が9万円から19.2万円に増えます。 2.5%を超えると、増えた分全体に30%がかかるからです。

「あと少し」は決算の前に分かります

1.5%や2.5%の少し手前にいるかどうかは、決算月の前に試算すれば分かります。 届きそうなら、決算賞与で合計を増やす方法もあります。
ただし、税金のために給与を上げるのではありません。③でも、増えた64万円のうち44.8万円は医院の負担です。 どのみち上げる予定があるなら、その時期と形を決算に合わせて考える、という順番です。

なお、医院が負担する社会保険料は、この「給与」に入りません。 数えるのは、スタッフに払った給与と賞与です。

院長・理事長と家族の給与は数えません

判定に入るのは、雇っているスタッフの給与だけです。 次の人の給与は、いくら上げても数えません。

 数えない人
医療法人理事長・理事・監事などの役員。役員の親族(職員として働いている場合も含む)
個人開業院長本人。院長の親族(青色事業専従者として給与を払っている配偶者など)

医科でよくある例で見ます。 個人開業の内科クリニックで、看護師と医療事務の給与の合計が1,800万円。 院長の奥さまが青色事業専従者として事務を担当しているとします。

今年、奥さまの給与を60万円、スタッフの給与を20万円上げました。 合計では80万円増えています。 でも判定に使うのはスタッフの20万円だけで、1,800万円の1.1%。使えません。

歯科でも同じです。 理事長の娘さんが受付をしている場合、役員でなくても役員の親族なので外れます。

逆に、勤務医の先生の給与は入ります。 役員でなく、院長・理事長の親族でもない雇用の医師・歯科医師なら、スタッフと同じに数えます。 非常勤の先生に給与として払っている分も同じです。

人が辞めると、合計は減ります

数えるのは、1人あたりの金額ではなく給与の合計です。 時給を上げても、常勤の衛生士が1人辞めれば、合計は前の年より減ることがあります。
反対に、新しく人を採れば合計は増えます。採用の予定も、試算に入れてください。

家族への給与の考え方は、配偶者と親族への給与|調査で必ず聞かれますも読んでください。

ベースアップ評価料で上げた分も、数えてよい

よく聞かれるのが、 「ベースアップ評価料をもらって上げた分は、賃上げ税制から差し引かれるのでは」という質問です。

差し引きません。

賃上げ税制には、「給与に充てるために、ほかから受け取ったお金」を差し引くルールがあります。 ただ、令和6年度の改正で、サービスの対価として受け取るお金は差し引かないことになりました。 国税庁の資料には、看護職員処遇改善評価料や介護職員処遇改善加算が例として挙がっています。

ベースアップ評価料も、診療の対価として受け取る診療報酬です。 ですから評価料を原資に上げた給与も、そのまま判定に数えます。

 ベースアップ評価料賃上げ税制
院長・理事長本人対象外対象外
院長・理事長の家族届出の要件しだい対象外
評価料で上げたスタッフの給与—数える
計算の単位評価料の届出・報告の様式で計算給与の合計(賞与を含む)で計算

気をつけてほしいのは、2つの計算は別物だということです。 評価料は、届出の様式に沿って「どれだけ賃金を改善したか」を報告します。 賃上げ税制は、決算の数字で「給与の合計が何%増えたか」を見ます。 片方で足りていても、もう片方で足りているとは限りません。

評価料の点数や、令和8年度に出し直しが必要になった届出の話は、 最低賃金の記事の後半に書いています。 まだ届け出ていない医院は、税制より先にそちらを確認してください。

どの決算に効くか。期限と上限

2026年度の改正で変わったのは1点だけ

令和8年度の税制改正で、大企業向けの賃上げ税制は廃止されました。 医院が使う中小企業向けは、今の制度がそのまま続いています。

 中身(中小企業向け)
使える医院青色申告の個人開業医。青色申告の医療法人で、出資金1億円以下(持分のない法人は、常時使う職員1,000人以下)
条件スタッフの給与の合計が、前の年より1.5%以上増えた
引ける割合15%。2.5%以上なら30%。くるみん・えるぼし等の認定で+5%(最大35%)
上限医療法人はその期の法人税の20%。個人は事業の所得にかかる所得税の20%
引ききれない分5年間持ち越せる(使う年も給与の合計が前の年より増えていること)
なくなったもの研修費(教育訓練費)を増やしたときの+10%。医療法人は令和8年4月1日以後に始まる期から使えません

改正の中身は、賃上げ税制|スタッフの給料を上げると、法人税が直接減りますでも整理しています。

10月4日に上げると、増えた分は2つの期に分かれます

最低賃金が上がったのは10月4日です。 期の途中で上がるので、増えた人件費は2つの決算に分かれて出てきます。

決算今の期に入る分残りが出る期残りの期は対象か
個人(12月まで)令和8年分に約3か月令和9年分対象(令和9年分まで)
医療法人 3月決算令和9年3月期に約6か月令和9年4月に始まる期今の法律では対象外
医療法人 9月決算令和9年9月期にほぼ1年分—対象
医療法人 12月決算令和8年12月期に約3か月令和9年12月期対象

中小企業向けの賃上げ税制は、医療法人なら令和9年3月31日までに始まる期、 個人なら令和9年分までが対象です。 その先を延ばすかどうかは、国が「期限が来たときに見直しを考える」としていて、まだ決まっていません。

とくに3月決算の医療法人は、令和9年3月期が、今の制度で使える最後の期です。 上げる予定の賃上げを前倒しするかどうかは、この期の数字を見て決めてください。

法人税が少ない年でも、権利は残ります

引けるのは、その年の法人税(個人は事業の所得税)の20%までです。 ③の歯科医院で、法人税が60万円なら、引けるのは12万円まで。 残りの7.2万円は5年先まで持ち越せます。

ただし、持ち越した分を使う年も、給与の合計が前の年より増えている必要があります。 持ち越しの仕組みは、医療法人の賃上げ税制で詳しく書きました。 個人の開業医は、事業の所得税がもともと大きいので、上限に当たることは少ないはずです。 医療法人の法人税の考え方は、医療法人の法人税率を見てください。

院長が今やること

順やること
1パート全員の時給が1,114円以上になっているか確かめる(10月4日以後の分)
2ベースアップ評価料を届け出ているか確かめる。令和8年度の届出をしているかも
3スタッフの給与の合計を、前の期と今の期の見込みで並べる。院長・理事長・家族の分は外す
41.5%と2.5%に、あといくらで届くかを出す。採用・退職の予定も入れる
5決算の前に、顧問税理士と決算賞与や昇給の時期を相談する

動画でもお話ししましたが、いちばん簡単なのは、顧問税理士にこう聞くことです。

「うちは賃上げ税制で、毎年いくら税金が減っていますか」

「使っていません」という答えなら、続けて聞いてください。 どの条件に届いていないのか。今年は届きそうか。持ち越している分はあるか。 毎年スタッフの給与を上げている医院で「一度も使っていない」なら、確認する価値があります。

最低賃金は、この10年で4割上がりました。これからも上がります。 医院は値段を自分で上げられません。 だからこそ、国が用意した2つの原資は、両方とも取りにいってください。

出典:福岡労働局「福岡県最低賃金の1時間1,114円への引上げ決定〜効力発生日は、令和8年10月4日〜」、福岡県「最低賃金をチェックしましょう」(改定前1,057円・57円引上げ)。 厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」(令和8年度全国加重平均1,177円、改定前1,121円)、同「平成28年度地域別最低賃金」(全国加重平均823円)。 財務省「令和8年度税制改正の大綱」(令和7年12月26日閣議決定。中小企業向けの措置における教育訓練費に係る上乗せ措置の廃止、所得税も同様)、同「ファイナンス」2026年4月号「令和8年度税制改正(国税)等について」(中小企業向けは令和8年度は現行制度を維持し、期限到来時に見直しを検討)。 国税庁タックスアンサーNo.5927-2(中小企業者等における賃上げ促進税制、令和8年4月1日現在法令等)、No.1288(給与等の支給額が増加した場合の所得税額の特別控除)、No.5432(措置法上の中小企業者)、同「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」(役務の提供の対価として支払を受ける金額を差し引く金額から除外)。 試算は当事務所の計算で、スタッフの入れ替わりがなく、上げた後の1年分を比べた単純計算です。実際の判定は事業年度ごとの給与の合計で行います。いずれも2026年10月時点。

先生の医院が、あといくらで届くか計算します。

前の期と今の期のスタッフ給与の合計が分かれば、1.5%・2.5%まであといくらか、引ける額はいくらか、法人税の20%に当たらないかをお出しします。 決算賞与や昇給の時期の相談も、決算の前ならまだ間に合います。 顧問税理士の切り替えは不要です。

無料相談を申し込む
LINE

9つの質問で、先生の医院で「できそうな節税」だけを選び出します。

LINEにご登録いただいた先生に、限定ページ「医療法人の節税チェックリスト(84項目)」をお送りしています。

9つの質問に答えるだけ(約2分)で、84項目の中から先生の医院でできそうなものだけが残る「かんたん診断」付き。

結果からそのまま解説記事に飛べて、チェックした内容はスマホに残ります。

LINEで、節税チェックリスト84項目を受け取る

※ こちらから営業のご連絡をすることはありません。


※ 決算書などの資料は、セキュリティのためLINEではお送りにならないでください。

個別のご相談はお問い合わせフォームからお願いします。

最終更新:2026年10月7日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・金額は執筆時点(2026年10月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。適用の可否や控除額は医院ごとの給与の実績によって異なりますので、実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。