奥様やご主人を医療法人のスタッフとして働いていただいている先生から、よくいただく質問があります。「配偶者の給与は、いくらに設定するのが正解ですか」。
個人クリニックの時代から使っている「103万円の壁」という感覚のまま金額を決めていないでしょうか。
医療法人になると、配偶者の給与は個人事業の「専従者給与」とはまったく別のルールで扱われます。
この記事では、医療法人だからこその考え方と、金額を決める際に押さえておきたい「壁」の意味を整理します。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 医療法人の配偶者給与は、個人事業の専従者給与と同じですか。
- 違います。個人事業の「専従者給与」は、家族に給与を経費にできる特別な制度です。
医療法人では、配偶者を理事にすれば通常の役員報酬のルール、職員にすれば通常の給与のルールがそのまま適用され、専従者給与という特殊な仕組みは関係ありません。 - 「103万円の壁」は今も同じ金額ですか。
- 変わりました。2026年分は178万円です。
基礎控除と給与所得控除が2年続けて引き上げられ、所得税がかからない給与収入の目安は、2025年分の160万円から、2026年分・2027年分は178万円になりました。
理事長が配偶者特別控除を満額受けられる上限も、配偶者の給与収入169万円以下に上がっています。ただし、理事長ご自身の所得が1,000万円を超えると、配偶者控除・配偶者特別控除はもともと受けられません。 - 社会保険の壁は、医療法人でも関係ありますか。
- 関係します。
年収130万円以上で理事長の扶養から外れる「130万円の壁」は、医療法人の規模に関係なくかかります。
「106万円の壁」は、2026年10月1日に月8.8万円の賃金の条件がなくなりました。いまは週20時間以上・従業員51人以上の法人・学生でないなら、年収に関係なく社会保険に入ります。
税金の壁と社会保険の壁は別物として、両方を見ておく必要があります。
個人事業の「専従者給与」とは違う、医療法人のルール
個人クリニックで配偶者に給与を払う場合、多くの先生が使っているのは「専従者給与」という制度です。
青色申告であれば、税務署への届出を前提に、配偶者への給与を経費(必要経費)にできます。
これは個人事業だけに認められた特別な仕組みで、届出の金額の範囲内であること、実際に専ら業務に従事していることなど、独自の要件があります。
医療法人になると、この専従者給与という考え方自体がなくなります。
配偶者を理事にすれば、通常の役員報酬のルール(定期同額給与や改定タイミングの制約)が、職員にすれば、通常の給与(労働の対価)のルールが、他のスタッフとまったく同じようにそのまま適用されます。
専従者給与のような専用の届出制度はありません。
個人事業の感覚で「専従者給与の上限だから、この金額まで」と考える必要はなくなります。
その代わり、理事なら役員報酬、職員なら給与として、それぞれの一般ルールの中で金額の妥当性が問われることになります。
制度が変わる分、判断の物差しも変わるということです。
なお、家族に法人の利益を分散させるという考え方そのものについては、医療法人の所得分散|家族を理事にする節税の考え方と注意点で整理しています。
この記事では、その先にある「では具体的にいくらにするか」という金額の決め方に絞って解説します。
税金の壁——2026年分は178万円に
配偶者の給与額を考えるとき、必ずといっていいほど出てくるのが「103万円の壁」「150万円の壁」といった言葉です。
これらは配偶者本人の所得税・住民税と、世帯主(理事長)側の配偶者控除・配偶者特別控除に関わる金額です。
令和7年度と令和8年度の税制改正で、この「壁」の金額そのものが2年続けて見直されました。
基礎控除と、給与所得控除の最低保障額が引き上げられたことで、配偶者本人に所得税がかからない給与収入の目安(旧・103万円の壁)は、2025年分が160万円、2026年分・2027年分は178万円(基礎控除104万円+給与所得控除74万円)になりました。
あわせて、理事長が配偶者特別控除を満額受けられる配偶者の給与収入の上限(旧・150万円の壁)も、2026年分から169万円以下に上がっています。
| 従来の呼び方 | 何の壁か | 2026年分の金額 |
|---|---|---|
| 103万円の壁 | 配偶者本人に所得税がかかるかどうかの境目(基礎控除+給与所得控除の最低保障額) | 非課税の目安となる給与収入は178万円(2026年分・2027年分。基礎控除104万円+給与所得控除74万円)。2025年分は160万円でした。 なお基礎控除は、配偶者本人の所得水準によって段階的に金額が変わる仕組みになっています |
| 150万円の壁 | 世帯主(理事長)が配偶者特別控除を満額(38万円)受けられる給与収入の上限 | 満額38万円を受けられる上限は給与収入169万円以下(配偶者の合計所得95万円以下。理事長の所得が900万円以下の場合)。 なお配偶者控除の対象は、配偶者の給与収入136万円以下(合計所得62万円以下)です |
「壁」の金額は法令改正のたびに変わりますし、配偶者本人の所得水準等によって適用される基礎控除額も一律ではありません。
この記事の金額は、2026年分に適用される制度(2026年10月時点)に基づくものです。2028年分以後の金額は、今後の税制改正で決まります。実際に給与額を決める際は、その時点の最新の制度で必ず確認してください。
ここ、間違えやすいところです。配偶者控除・配偶者特別控除は、理事長ご自身の所得が1,000万円以下のときだけ使えます。
役員報酬がおおむね年1,200万円を超える理事長は、所得が1,000万円を超えるため、もともと対象外です。この場合、配偶者の給与を「理事長の控除のため」に抑える理由はありません。見るのは、配偶者本人の税金と社会保険です。
パートの職員さんへの答え方も含めた詳しい整理は、年収の壁178万円に書きました。
なお、令和7年度改正では、19歳以上23歳未満の子など(特定扶養親族に当たる年代)を対象にした「特定親族特別控除」という制度も新設されています(2026年分の対象は合計所得62万円超123万円以下=給与収入136万円超197万円以下)。
これは配偶者ではなく、お子様など特定の年代のご家族が対象の制度ですが、同じ改正の一部としてあわせて押さえておくとよいでしょう。
詳しくは理事長が見落とす扶養控除で解説しています。
社会保険の壁——130万円と「週の時間」は医療法人でも関係する
税金の壁とは別に、社会保険(健康保険・厚生年金)の壁があります。こちらは配偶者の勤務先の規模や勤務条件によって適用が決まる、まったく別の基準です。
「106万円の壁」は、従業員数など一定の規模の勤務先で、週の労働時間・月の賃金などの条件に当てはまると、配偶者自身が勤務先の社会保険に入るという基準でした。
医療法人であっても、この条件に当てはまれば対象になります。
2026年10月1日に、このうち月8.8万円(年収にして約106万円)の賃金の条件がなくなりました。
いまは、週20時間以上・従業員51人以上の法人・学生でないの3つに当てはまれば、年収に関係なく勤務先の社会保険に入ります。
人数の条件も2027年10月から段階的に下がり、2035年10月にはなくなります。「年収106万円」という金額ではなく、週の労働時間で決まる仕組みに変わりました。
なお医療法人では、人数に関係なく、常勤の4分の3以上(週30時間前後)働く人は社会保険に入ります。
「130万円の壁」は、勤務先の規模にかかわらず、年収が130万円以上になると、理事長の社会保険上の扶養から外れ、配偶者自身が社会保険に加入する(または国民健康保険・国民年金に切り替える)必要があるという基準です。
従業員50人以下の医療法人で、週30時間未満で働く場合でも、130万円の壁は関係してきます。
なお、この130万円の基準(被扶養者の認定基準)は、今回の年金制度改正法では変更されていません。
所得税がかからないかどうか(税金の壁)と、社会保険の扶養に入れるかどうか(社会保険の壁)は、まったく別の基準・別のタイミングで判定されます。
「税金の壁の範囲内だから大丈夫」と思っていても、社会保険の壁を超えていることがあります。
給与額を決めるときは、この2つを分けて確認する必要があります。
では、配偶者の給与はどう決めるのか
金額から先に決めるのではなく、次の順序で考えることをおすすめします。
| 順序 | 考えること |
|---|---|
| 1 | 配偶者の立場を「理事」にするか「職員」にするかを決める (理事なら役員報酬のルール、職員なら通常の給与のルールが適用されます) |
| 2 | 実際の勤務日数・時間・業務内容を明確にし、それに見合う金額の相場観を持つ |
| 3 | 税金の壁(所得税・配偶者控除等)と社会保険の壁(130万円・週の労働時間)を、それぞれ超えるかどうかを確認する |
| 4 | 社会保険に加入する場合の保険料負担と、将来の年金額への影響を比較する |
| 5 | 世帯全体の手取り、法人の経費計上、将来設計のバランスで金額を仮置きし、理事の場合は改定タイミングのルールに沿って決定する |
「壁のすぐ内側に収める」ことだけを目的にすると、かえって配偶者ご本人のキャリアや将来の年金額を狭めてしまうこともあります。
壁を「絶対に超えてはいけない上限」ではなく、判断材料の一つとして位置づけるのが実務的な考え方です。
ご自身の場合にどの選択が合っているかは、決算書や家計の状況を踏まえた試算が必要になります。
過大な給与にならないための注意点
配偶者の給与も、職務内容に見合わない過大な金額は否認リスクを伴います。この点は、他の理事・役員の報酬と考え方は同じです。
勤務実態がない、または乏しい/職務内容・勤務時間に見合わない高額な給与になっている/他のスタッフの給与水準とかけ離れているといったケースは、税務調査で否認される典型的なパターンです。
過大な役員報酬の考え方については、医療法人の役員報酬はいくらにすべきか——決め方と、3つの落とし穴で詳しく解説しています。
配偶者への給与は、税金の壁・社会保険の壁という「外側の基準」と、職務内容に見合った金額かという「内側の基準」の、両方を満たして初めて無理のないものになります。
個人事業の専従者給与の感覚を引きずらず、医療法人の一般ルールで考え直すことが、この記事でいちばんお伝えしたい点です。
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最終更新:2026年10月24日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・取扱いは執筆時点(2026年8月)のものであり、その後の法改正等により変更される場合があります。実際のご判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。