「先生、今年はいくらまで働いていいですか」。 秋になると、パートの職員さんからこう聞かれます。
ニュースでは「年収の壁が178万円に」と言っています。 ただ、178万円まで働いてよい、という意味ではありません。 178万円は所得税の線です。住民税と社会保険の線は、別の場所にあります。
税金の壁は、もう「崖」ではありません。本当の壁は社会保険です。 そして社会保険の壁を越えるなら、少しだけ越えるより、一気に年収を上げたほうが手取りは増えます。
歯科衛生士・受付・看護助手・医療事務のパートさんに答える数字と、院長の配偶者の場合、シフトの組み方を、2026年10月時点の制度で整理します。
この記事の結論
- 「178万円」とは何の数字ですか。
- 2026年分と2027年分の所得税が、かかり始める年収です。給与だけなら、年178万円まで所得税はゼロです。ただし住民税は、年119万円を超えるとかかります。
- パートさんに「いくらまで」と聞かれたら、何と答えますか。
- 夫(妻)の扶養に入っている人は、通勤手当込みで130万円未満です。19〜22歳の学生は150万円未満。扶養に入っていない人は、税金のために時間を減らす必要はほぼありません。
- 130万円を超えるなら、どうするのが得ですか。
- 少しだけ超えるのが、いちばん損です。社会保険に入ると、扶養のまま129万円の手取りに戻るのに約151万円かかります(福岡での試算)。超えるなら常勤の4分の3(週30時間前後)以上にして社会保険に入り、年収200万円以上を目指してください。
- 院長の配偶者が医院で働く場合は。
- 院長の所得が1,000万円を超えていれば、配偶者控除はもともとありません。青色事業専従者も対象外です。「壁」ではなく、仕事に見合う金額で給与を決めてください。
「178万円」の正体は、所得税の線です
給与だけの人に所得税がかかり始める年収は、「基礎控除」(誰でも引ける控除)と「給与所得控除の最低額」(給与の人の経費にあたる控除)の合計です。
| 年分 | 基礎控除 | 給与所得控除(最低額) | 所得税がかかり始める年収 |
|---|---|---|---|
| 2024年分まで | 48万円 | 55万円 | 103万円超 |
| 2025年分 | 95万円 | 65万円 | 160万円超 |
| 2026年分・2027年分 | 104万円 | 74万円 | 178万円超 |
| 2028年分以後(今の法律のまま) | 99万円 | 69万円 | 168万円超 |
令和8年度税制改正は2段階です。 まず物価に合わせた引き上げ。直近2年間の物価上昇(6.0%)に合わせ、基礎控除の本体を62万円、給与所得控除の最低額を69万円にしました。今後も税制改正のときに物価を見て見直します。 そのうえで2026年分・2027年分だけの上乗せ(基礎控除に42万円、給与所得控除に5万円)を足して、178万円にしました。
今の法律のままだと168万円です。政府は178万円の水準を保つ方針を示しており、今後の税制改正で決まります。
基礎控除104万円は、給与だけなら年収約665万円以下の人が対象です。パートさんはほぼ全員当てはまります。
178万円を超えても「崖」ではありません
超えた部分に5%(復興特別所得税込みで5.105%)がかかるだけです。社会保険に入らずに年収200万円でも、所得税は年1万700円です。
今年の分は、12月の年末調整で反映されます
11月までの給与は改正前の表で源泉徴収されており、新しい控除は12月の年末調整でまとめて反映します。 年末調整を受ける年収178万円以下の職員さんなら、今年引かれた所得税は12月に全額戻る計算です。 源泉徴収税額表が変わるのは2027年1月の給与からです。
住民税は119万円から。所得税とは線が違います
住民税の基礎控除は43万円のままです。住民税は前の年の所得にかかり、2026年分の給与には2027年6月からの住民税(2027年度分)がかかります。 2027年度分・2028年度分は、給与所得控除の最低額だけ所得税と同じ74万円になります。
| 住民税の年度 | もとになる給与 | 住民税がかからない年収(単身・給与だけ) |
|---|---|---|
| 2026年度(いま払っている分) | 2025年分 | 110万円以下 |
| 2027年度・2028年度 | 2026年分・2027年分 | 119万円以下 |
119万円を超えると、福岡市では均等割5,500円(市民税3,000円・県民税1,500円・森林環境税1,000円)と、 所得割(課税される所得のおよそ10%)がかかります。 例えば社会保険に入らずに年収150万円なら、住民税は年3万5,200円の試算です。
これも「崖」ではありません。増えた収入より住民税のほうが多くなることはありません。
本当の壁は社会保険です
年収150万円なら、所得税はゼロ、住民税は年1万〜3万円台。社会保険に入ると、健康保険と厚生年金の本人負担だけで年21万円を超えます。重さが一桁違います。 私が以前から「税金より社会保険を先に見てください」とお伝えしているのは、このためです。社会保険の線は2つあります。
①130万円:夫(妻)の扶養から外れる線
夫(妻)が会社員などで、その健康保険の扶養に入っている職員さんの線です。
| 見るもの | 中身 |
|---|---|
| 金額 | 年収130万円未満(19〜22歳は150万円未満、60歳以上は180万円未満) |
| いつの年収か | これから1年間の見込み。1〜12月の実績ではありません |
| 含むもの | 通勤手当・各種手当・賞与も含みます |
| もう1つの条件 | 同居なら、扶養する人の年収の半分未満 |
税金の178万円に通勤手当(非課税の範囲)は入りませんが、社会保険の130万円には入ります。ここで間違える職員さんが多いです。
なお、夫(妻)の税金は、職員さんの年収169万円までは変わりません(夫・妻の所得が900万円以下なら配偶者特別控除が満額38万円)。
給与だけの人は、労働条件通知書や雇用契約書に書いた時給・労働時間・手当から見込まれる年収で判定されるようになりました。
契約で130万円未満なら、契約のときに見込めなかった残業で少し超えても、それだけで扶養から外れることはありません。
ただし、労働時間が「シフト制による」としか書いていない、通勤手当が「有」としか書いていない、という書類は使えません。
院長が作る書類の書き方で、職員さんの扶養が守れるかが変わります。
②医院の社会保険に入る線:年収ではなく「週の時間」
職員さん本人が医院の健康保険・厚生年金に入るかどうかは、年収ではなく、医院の形と働く時間で決まります。
| 医院の形 | 社会保険 | パートさんが入る線 |
|---|---|---|
| 医療法人 | 必ず適用(理事長1人でも) | 常勤の4分の3以上(週30時間前後) |
| 個人の医院・職員が常時5人以上 | 必ず適用(医療は対象の業種) | 常勤の4分の3以上 |
| 個人の医院・職員が4人以下 | 任意(申請すれば加入できる) | 加入していなければ、なし |
| 厚生年金の加入者が51人以上の医療法人など | 必ず適用 | 週20時間以上(学生を除く) |
「106万円の壁」は、この最後の行の話でした。月8万8,000円以上という賃金の条件があったからです。 この賃金の条件は、2026年10月1日に撤廃されました。 大きな医療法人では、年収に関係なく「週20時間」が線です。
人数の条件も、段階的に下がります。 2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上、2035年10月に人数の条件はなくなります。 多くの医院では、当面「常勤の4分の3」が線です。 ただ、30人規模の医院は2029年10月から週20時間になります。
いちばん損なのは「130万円を超えたのに、医院の社会保険に入れない」人
週30時間未満の職員さんが130万円を超えると、扶養から外れるのに医院の社会保険には入れず、自分で国民年金と国民健康保険に入ります。 国民年金だけで年21万5,040円(2026年度、月1万7,920円)。厚生年金の上乗せも傷病手当金もありません。
結局いくらが得か|福岡の医院で手取りを試算
・2026年分の所得税(復興特別所得税を含む)と、それにかかる2027年度の住民税(福岡市)
・給与だけ。賞与なし、毎月同じ額。本人に扶養家族なし、40歳未満(介護保険料なし)
・社会保険は協会けんぽ福岡支部(健康保険10.11%、子ども・子育て支援金0.23%)と厚生年金18.3%の本人負担(半分)。標準報酬月額の表で計算。医師国保・歯科医師国保の医院は保険料が変わります
・雇用保険料(本人0.5%)は、どちらにも含めています
扶養のまま(医院の社会保険に入らない)
| 年収 | 社会保険料(雇用保険) | 所得税 | 住民税 | 手取り |
|---|---|---|---|---|
| 100万円 | 5,004円 | 0円 | 0円 | 994,996円 |
| 119万円 | 5,952円 | 0円 | 0円 | 1,184,048円 |
| 129万円 | 6,444円 | 0円 | 14,300円 | 1,269,256円 |
医院の社会保険に入る
| 年収 | 社会保険料 | 所得税 | 住民税 | 手取り |
|---|---|---|---|---|
| 130万円 | 195,516円 | 0円 | 5,500円 | 1,098,984円 |
| 150万円 | 224,016円 | 0円 | 13,500円 | 1,262,484円 |
| 178万円 | 266,652円 | 0円 | 37,300円 | 1,476,048円 |
| 200万円 | 302,112円 | 0円 | 55,700円 | 1,642,188円 |
| 250万円 | 356,184円 | 13,900円 | 91,300円 | 2,038,616円 |
扶養のまま129万円なら、手取りは約126万9,000円です。 ところが社会保険に入って130万円になると、手取りは約109万9,000円。17万円ほど減ります。 129万円のときの手取りに戻るのは、年収約151万円です。
つまり130万円から約151万円までは、働いたのに手取りが減る区間です。 ここに止まるのが、いちばん損です。
反対に、200万円まで増やせば手取りは約164万2,000円。扶養のまま129万円より約37万円多くなります。 社会保険料を引くので、所得税は200万円でもゼロです。
保険料は掛け捨てではありません。年収200万円で1年間厚生年金に入ると、65歳からの年金が一生、年約1万1,000円増える計算です(報酬比例部分)。傷病手当金・出産手当金も受けられます。
一方で、医院も保険料を払います。年収200万円なら医院負担は年約31万6,000円、年収のおよそ16%です。人件費の予算は、この16%を乗せて組んでください。
院長の配偶者が医院で働くとき
院長ご自身の配偶者は、パートさんと話が変わります。
院長の所得が1,000万円を超えると、配偶者控除はありません
配偶者控除・配偶者特別控除は、控除を受ける人の合計所得が1,000万円以下のときだけです。院長の多くは超えています。 「控除のために配偶者の年収を抑える」理由が、院長の家庭には最初からありません。見るのは、配偶者本人の税金と健康保険の扱いだけです。
個人の医院で、青色事業専従者にしている場合
青色事業専従者は、所得に関係なく配偶者控除・配偶者特別控除の対象外です。専従者給与は本人の給与なので、178万円・119万円の線はそのまま当てはまります。
例えば個人開業の歯科で、受付と経理を担う奥様の専従者給与を年178万円にすると、2026年分の奥様の所得税はゼロ。 院長の所得税率が33%なら、院長の所得税は約58万7,000円減ります。 ただし届け出た範囲で、仕事に見合う金額であることが条件です(配偶者と親族への給与)。
健康保険の種類でも変わります
院長が医師国保・歯科医師国保なら、130万円の線は関係ありません。国保には「扶養」がなく、家族も一人ずつ保険料を払います。 医療法人で協会けんぽの理事長なら、配偶者は130万円未満で扶養に入れます。ただし理事として毎月報酬を受け、実際に業務をしているなら、医療法人の社会保険に入るのが原則です。
医療法人での配偶者給与の決め方は医療法人の配偶者給与、 医師国保を続けられるかは医療法人化と社会保険に書きました。 大学生のお子さんのバイト代は、医学部・歯学部の子のバイト代はいくらまでをご覧ください。
院長が今やること
①職員さんに伝える数字を、1枚にまとめる
| 職員さんの立場 | 伝える線 | 月にすると |
|---|---|---|
| 夫(妻)の会社の健康保険の扶養に入っている | 130万円未満(通勤手当込み) | 約10万8,000円未満 |
| 19〜22歳の学生アルバイト(親が会社員など) | 150万円未満 | 12万5,000円未満 |
| 扶養に入っていない | 税金のために時間を減らす必要はほぼなし。178万円まで所得税ゼロ、住民税は119万円超から | — |
| 常勤の4分の3以上働く | 医院の社会保険に入る。年収の線はなし | — |
②医科・歯科の例で、シフトを確かめる
医科の例:内科の医療事務、時給1,200円で週20時間なら年124万8,000円。 通勤手当が月5,000円つくと年130万8,000円で扶養から外れます。 週18時間にすれば、通勤手当込みで年118万3,000円に収まります。
歯科の例:歯科衛生士、時給1,800円で週15時間なら年140万4,000円。 扶養から外れるのに、週30時間未満なので医院の社会保険に入れない、いちばん損な形です。 週13時間(年121万7,000円)に減らすか、週30時間(年280万8,000円、手取り約225万円の試算)に増やして社会保険に入るか。どちらかに寄せてください。
(どちらも52週で計算。実際は休診日のぶん少なくなります。)
③労働条件通知書に、金額をはっきり書く
時給、所定労働時間、通勤手当の金額を数字で書きます。2026年4月から、この書類で扶養の判定ができます。
④シフトは「130万円未満」か「常勤の4分の3以上」に寄せる
130万円から約151万円の間に職員さんを置かないことです。 人手が足りないなら、扶養の人の時間を少しずつ延ばすより、社会保険に入って長く働く人を1人つくるほうが、職員さんの手取りも医院の回り方も良くなります。 最低賃金で時給を上げたときは、同じ時間でも130万円を超えないか確認してください。
⑤12月の年末調整で、新しい控除を反映する
基礎控除申告書・扶養控除等申告書・配偶者控除等申告書を集め、12月の給与で精算します。 院長ご自身の扶養の確認は、理事長が見落とす扶養控除にまとめています。
職員さんに伝えるのは、「扶養の人は130万円未満。超えるなら、思い切って社会保険に入る」。この2つです。
職員さんの働き方と、医院の人件費をまとめて見ます。
パートさんの時給と勤務時間、医院の社会保険の状況が分かれば、誰がどの線に当たるか、 社会保険に入ったときに医院の負担がいくら増えるかを試算します。 院長の配偶者の給与の決め方も、あわせてご相談ください。
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最終更新:2026年10月10日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・社会保険の判断を保証するものではありません。記載の制度・金額・試算は執筆時点(2026年10月)の法令等にもとづくもので、2026年分の所得税・2027年度の住民税(福岡市)・令和8年度の協会けんぽ福岡支部の料率を前提にした概算です。実際の給与設計や年末調整・扶養の手続きにあたっては、税理士や加入している健康保険の窓口にご相談ください。