医師や歯科医師になったお子さんが、いよいよ開業する。 内装と機器で数千万円かかる。少し援助してやりたい。 院長のご家庭では、よくある場面です。

ただ、親から子へ2,000万円をふつうに贈与すると、贈与税は585万5,000円です。 ここで使えるのが相続時精算課税という贈与の制度です。 選べば、2,500万円までは、渡した年の贈与税がかかりません。

そのかわり、一度選ぶと元に戻れません。 医院の土地を渡すときは、相続でなら使えた大きな減額が使えなくなります。 この記事では、開業資金と医院の不動産、そして医療法人の出資持分を例に、使いどころと落とし穴をまとめます。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

相続時精算課税を使うと、贈与税はゼロになるのですか。
渡した年はゼロにできます。2,500万円までは贈与税がかかりません。ただし親が亡くなったとき、渡した額を相続財産に足し戻して相続税を計算します。税金が消えるのではなく、相続のときにまとめて精算する制度です。
院長の家では、何に使うのがよいですか。
子の開業資金と、家賃を生む医院の土地建物です。早く渡すほど、子が早く使えて、家賃も子の手元に入ります。
使う前に、何に気をつければよいですか。
3つです。一度選ぶと元の贈与(暦年課税)に戻れないこと。医院の土地は、相続なら使えた小規模宅地等の特例が使えなくなること。そして兄弟がいるなら、家族で話してから選ぶことです。

相続時精算課税は「相続のときに精算する」贈与

名前のとおり、相続のときに精算して課税する贈与です。 生きているうちに渡した財産を、亡くなったときにもう一度相続財産に足して、相続税を計算します。

項目内容
あげる人贈与した年の1月1日に60歳以上の父母・祖父母
もらう人贈与を受けた年の1月1日に18歳以上の子・孫
年110万円毎年110万円までは贈与税がかからず、相続のときも足し戻さない(2024年1月以後の贈与)
2,500万円の枠110万円を超えた分は、累計2,500万円まで贈与税なし。超えた分は一律20%
相続のとき110万円を引いた残りを、贈与したときの価額で相続財産に足し戻す。払った贈与税は相続税から差し引き、引ききれなければ戻る
手続き最初の贈与を受けた翌年の2月1日〜3月15日に、もらった人が「相続時精算課税選択届出書」を出す
やめられるかやめられません。その親からの贈与は、以後ずっとこの制度で計算します

2,500万円の枠は、あげる人ごとにあります。 父と母の両方から選べば、1人の子で枠は合わせて5,000万円です。

動画の例で比べます。親から子へ500万円を渡したときです。

渡し方その年の贈与税相続のとき
ふつうの贈与(暦年課税)(500万円−110万円)×15%−10万円=48万5,000円亡くなる前の一定期間の贈与なら足し戻し
相続時精算課税0円(390万円を2,500万円の枠から使う。残りの枠は2,110万円)390万円を足し戻す
2,500万円の枠は、期限内に申告したときだけ使えます

110万円を超えて渡した年は、翌年3月15日までに贈与税の申告が要ります。 申告が遅れると、2,500万円の枠が使えず、20%の贈与税がかかります。
110万円以下しか渡していない年でも、最初の年は届出書だけは出してください。

ふつうの贈与との違い、年末と年始に分ける使い方は、 贈与は年末と年始に分けるに書きました。 この記事は、精算課税を院長の家でどう使うかに絞ります。

向いている家、向いていない家

動画で山下がいちばん強調したのは、誰が使うかで、得にも損にもなるという点です。

向いているのは、相続税がかからないか、少ない家

相続税には基礎控除があります。3,000万円+600万円×相続人の数です。 妻と子2人なら4,800万円です。財産がこれより少なければ、足し戻されても相続税はかかりません。 それなら、早く渡したほうが、子が早く使えるぶん得です。

親がご高齢の家にも向きます。ふつうの贈与は、亡くなる前の一定期間(2031年以後は7年)の分が足し戻されます。 精算課税の年110万円は、亡くなる直前の贈与でも足し戻しません。

院長の家は、たいてい「財産が大きい家」です

医院の土地建物、自宅、預金、医療法人の出資持分。 院長の家は、基礎控除を大きく超えることがほとんどです。

その場合、精算課税で渡した額は相続税の対象に戻ってきます。 相続税そのものは、ほとんど減りません。 効くのは、①年110万円の部分、②渡したあとの値上がり分、③渡したあとの家賃などの収入、の3つです。 「贈与税がゼロだから」だけで選ぶと、あとで相続税の計算に驚きます。

子の開業資金を援助する

院長の家で、いちばん使いやすい場面です。

医科の例:内科で開業する長男へ2,000万円

例えば、福岡市の院長(66歳)が、内科で開業する長男(35歳)に、内装と機器の資金として2,000万円を渡すとします。

渡し方その年の贈与税院長の相続のとき
ふつうの贈与で一度に(2,000万円−110万円)×45%−265万円=585万5,000円亡くなる前の一定期間の贈与なら足し戻し
相続時精算課税0円(1,890万円を枠から使う。残りの枠は610万円)1,890万円を足し戻す

開業の時期に585万円の現金が出ていかないのは、大きな差です。 借りたお金ではないので、返済もいりません。 開業資金の借り方は創業融資が通る人・通らない人に書きましたが、 親からの援助は「借りる」より「もらう」形のほうが、計画は立てやすくなります。

一方で、院長が亡くなったときは1,890万円が相続財産に戻ります。 内装や機器が古くなっていても、戻るのは渡したときの1,890万円です。 お金で渡す以上、値上がりも値下がりもしないので、ここは割り切りです。

歯科の例:父の医院を継がずに開業する娘へ

例えば、歯科の院長(63歳)の娘(31歳)が、父の医院は兄が継ぐので、別の場所で開業するとします。 ユニットやCTの資金を、院長と配偶者(60歳)の両方から精算課税で受ければ、枠は合わせて5,000万円です。 配偶者が60歳になっていなければ、配偶者からはまだ選べません。年齢は、贈与した年の1月1日で判定します。

ほかの人からの「ふつうの贈与」の110万円は別枠です

精算課税を選ぶのは、あげる人ごとです。 父から精算課税で受けながら、祖母からはふつうの贈与(暦年課税)で年110万円を受けることもできます。 こどもや孫への贈与が重なるときの数え方は、こどもNISAと贈与税も参考にしてください。

医院の土地建物を渡すときの注意

動画では「家賃を生む不動産を早めに渡すのは、かなり良い使い方」と話しました。 院長の家なら、院長個人の名義で、医療法人に貸している医院の土地建物がそれに当たります。 (個人から医療法人に貸す仕組みは医療法人の不動産賃料に書きました。)

渡せば、それ以後の家賃は子の収入になります。 家賃が年600万円なら、10年で6,000万円(税引き前)が、院長の財産に積み上がらずに済みます。 ただし医院の不動産には、お金にはない落とし穴が3つあります。

① 小規模宅地等の特例が使えなくなる

相続で受け継いだ土地には、評価を大きく下げる特例があります。 ところが精算課税で贈与を受けた土地は、この特例の対象外です。

医院の土地の使われ方相続で受け継いだとき精算課税で贈与したとき
個人開業の院長が、自分の医院に使っている400㎡まで80%減(継ぐ子が医院を続けるなど)減額なし。贈与したときの評価額のまま足し戻す
院長が医療法人に貸している200㎡まで50%減(貸付事業用)
持分あり医療法人で、院長一族の出資が50%を超えるなら、400㎡まで80%減の対象になりうる

例えば、医療法人に貸している150㎡の土地で、評価額が5,000万円だとします。 相続なら50%減で2,500万円。精算課税で渡すと5,000万円のまま足し戻します。 相続税の対象になる額が、2,500万円違います。

② 登記と不動産取得税が、相続より重い

例えば、固定資産税評価額が土地4,000万円・医院の建物2,000万円の不動産を子に移すときです。

かかる税金贈与で移す相続で移す
登録免許税(名義変更の登記)6,000万円×2%=120万円6,000万円×0.4%=24万円
不動産取得税土地 4,000万円×1/2×3%=60万円
建物 2,000万円×4%=80万円
合計 140万円
かからない
合計260万円24万円

土地の「1/2」と「3%」は、2027年3月31日までに取得した場合の軽減です。 2,500万円の枠を超える不動産なら、超えた分に20%の贈与税もその場でかかります。

③ 建物は値下がりしても、贈与したときの額で戻る

医院の建物は、年々評価が下がる財産です。 精算課税で渡すと、10年後に評価が下がっていても、足し戻すのは贈与したときの高い評価額です。 動画で話した「向かない財産」は、まさにこれです。 (2024年以後の災害で一定以上の被害を受けた土地建物は、申請して承認されれば被害分を除けます。)

医療法人から預かっている敷金・医院の借入があるとき

医療法人から敷金を預かっている建物を、返す義務ごと子に渡すと、「負担付きの贈与」として評価が変わることがあります。 国税庁は、敷金と同じ額のお金も一緒に贈与すれば、負担付きの贈与には当たらないという考え方を示しています。
建物の借入を子に引き継がせる形も同じ論点になります。渡す前に、借入と敷金を整理してください。

持分あり医療法人の出資持分は、比べてから

2007年の医療法改正より前からある医療法人では、院長が出資持分を持っていることがあります。 長く続いた法人ほど評価が上がり、相続のときに大きな問題になります。

精算課税は、贈与したときの評価で固定される制度です。 ですから「評価がこれ以上上がる前に、継ぐ子へ持分を渡しておく」という考え方があります。 一方で、持分そのものをなくす持分なし医療法人への移行という道もあります。 国の認定を受けて移ると、相続税や贈与税の負担が軽くなる仕組みで、認定の申請期限は2029年12月31日まで延びました。

比べるところ精算課税で持分を継ぐ子へ持分なしへ移行
持分はどうなるか子が持つ。法人は持分ありのまま出資者が放棄し、持分がなくなる
院長の相続税贈与したときの評価額で足し戻す。2,500万円を超える分は、贈与のときに20%持分がなくなるので、持分には相続税がかからない
払戻請求の心配院長の相続では、継がない兄弟に持分が分かれない。ただし子の代で同じ問題が残る持分がなくなるので、払戻請求もなくなる
法人の財産持分として、子の財産のまま個人のものではなくなる。解散しても出資者には戻らない
戻れるか精算課税は撤回できない持分ありには戻れない

気をつけたいのは、精算課税で持分を渡したあとに持分なしへ移ると、放棄した持分でも贈与したときの評価額で足し戻されるおそれがあることです。 どちらを先にするか、両方を組み合わせるかで、結果は大きく変わります。 持分の評価額、院長の退職金(退職金で持分の評価を下げる考え方)、継ぐ子と継がない子の人数を並べて、試算してから決めてください。 ここは一般論で答えが出ないところなので、個別にご相談ください。

選ぶ前に、家族で話す

動画の最後で山下が「ここだけは」と話したのが、家族のことです。

届出書を出すのは、もらう側の子です。 ところが、親が情報だけ聞いて、子の名前で届出や申告を済ませてしまう例があります。 子は自分が精算課税を選んだことを知らない。 親が亡くなって税務署から指摘され、そこで揉める。実際に聞く話です。

兄弟がいる家では、なおさらです。 開業する長男には2,000万円、勤務医の次男には何もなし、では相続のときに必ず話題になります。 相続税の計算に足し戻されるだけでなく、遺産の分け方の話し合いでも「先にもらった分」として扱われることがあります。

そして、渡したお金は子のものです。使い方に口は出せません。 院長ご夫婦の老後資金を削ってまで渡すものでもありません。 いつ、誰に、何のために渡すかを決めてから、制度を選んでください。

届出書と申告書の控えは、ずっと残してください

精算課税で受けた財産は、何十年後でも相続のときに足し戻します。 そのとき、いつ・いくら受けたかを相続人が証明する必要があります。 届出書と毎年の申告書の控えは、もらった子が保管してください。

院長が今やること

 確認すること
①院長ご夫婦の財産を、ざっくり書き出す(医院の土地建物・自宅・預金・持分)。相続税の基礎控除を超えるか
②子に渡したいものは何か。お金(開業資金)か、医院の不動産か、持分か
③不動産なら、相続で渡した場合の小規模宅地等の特例と、贈与の登記・不動産取得税を比べる
④持分ありの医療法人なら、持分の評価額を出し、移行との順番を決める
⑤あげる人の年齢(60歳以上)、もらう子の年齢(18歳以上)を、贈与する年の1月1日で確認
⑥兄弟全員に話してから選ぶ。届出は子本人が出す

相続全体の段取りは、医療法人の出口も参考にしてください。 精算課税は、選んだ日から一生続く制度です。 「贈与税ゼロ」の一言で決めず、相続のときの数字まで見てから選んでください。

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最終更新:2026年10月31日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。記載の制度・税率は執筆時点(2026年10月)の法令に基づくもので、その後の改正により変わる場合があります。実際の贈与・相続対策にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。