税務調査の連絡が来たあと、こう頼まれることが増えています。 「調査にうかがう前に、会計ソフトのデータを送っていただけますか」

これまでの調査は、調査官が医院に来てから帳簿をめくるものでした。 これからは、来る前に税務署でデータを見て、聞きたいことを決めてから来る形が増えます。 国税庁は2026年10月、この「調査前のデータ提出」についてQ&Aを公表しました。

院長先生が気になるのは2つだと思います。 断れるのか。断ったらどうなるのか。 そして、医院では何のデータを出すことになるのか。

結論から言うと、断ることはできますが、断る理由がないなら、範囲を確かめて出すほうが得です。 そして本当に困るのは「断ったとき」より、「出せと言われて、出せる形で残っていなかったとき」です。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

調査の前にデータを出すのは、義務ですか。
国税庁は「理解と協力の下、承諾を得て実施する」としています。強制的に出させることはしない、とも書いています。ただし法律上は質問検査権(税務署が帳簿を見せてもらう権限)にもとづく依頼で、正当な理由なく応じないと、罰則の条文の対象にはなりうる、という位置づけです。
断ると、罰せられますか。
国税庁は「応じないことのみをもって罰則が適用されるものではない」としています。それより気をつけたいのは電子帳簿保存法です。電子のまま保存している帳簿や請求書は、調査で求められたときにデータで出せることが、保存の条件になっている場合があります。
医院は何をしておけばいいですか。
会計ソフトの仕訳、レセコンの日報、窓口の日計表、自費の会計システム、メールで届いた請求書。この5つを、CSVなどの形ですぐ出せるかを確かめておくことです。出す前には、必ず顧問税理士と中身を見直してください。

調査官は、来る前にデータを見ています

国税庁は、実地の調査(医院に来て行う調査)の前に、帳簿などのデータを出してもらう取組を進めています。 2026年10月に公表されたQ&Aでは、その流れがこう整理されています。

 これまでこれから
帳簿を見るのは医院に来てから来る前に、税務署でデータを確認
データを頼まれる時期調査の当日や、そのあと原則として事前通知のあと(日程の調整に時間がかかるときは、その前のこともある)
当日の中身全体を聞いてから、気になるところを探すデータで当たりをつけた具体的な取引から聞かれる
データの渡し方当日に画面で見せる、印刷する税務署のUSBメモリにコピー、またはオンラインのツールで送る

国税庁は狙いを、調査の効率化と、医院の負担を軽くすることだと説明しています。 これまで医院に来てからやっていた確認の一部を、来る前に署で済ませる。 その分、調査の期間や、医院に来ている時間が短くなることが期待できる、という理屈です。

裏を返せば、調査官は初日の朝、すでに「聞きたい取引」を持って来るということです。 国税庁がAIで調査先を選んでいる話はKSK2と医院の税務調査に書きました。 動画でもお話ししましたが、提出されたデータも、まず機械で「つじつまの合わないところ」を拾うのに使われると私は見ています。 ここは国税庁が公表していることではなく、私の見立てです。

医院に来ない調査でも、データを頼まれます

Q&Aには、実地の調査を予定していない調査でも、データの提出をお願いする場合があると書かれています。 署で確認して問題がなければ、調査が終わった旨が口頭で伝えられて終わりです。 確認の結果、実地の調査が必要となれば、あらためて事前通知が来ます。 事前通知の受け方は税務調査はいつ来るのかをご覧ください。

断れるのか|国税庁のQ&Aに書いてあること

ここが一番誤解されやすいところです。 「任意だから断っていい」も、「罰則があるから実質強制」も、どちらも半分だけ正しい。 Q&Aに書いてあることを、そのまま並べます。

論点Q&Aに書いてあること
法律上の性格調査前のデータ提出の依頼も、質問検査権の行使にあたる
罰則の条文正当な理由なく応じない場合は、国税通則法128条の罰則規定の対象となりうる
実際の運用応じないことのみをもって罰則が適用されるものではない。強権的に求めることもない。承諾を得て実施する
頼まれる範囲調査について必要となる範囲に限って依頼する
紙で出したい場合正当な理由がない限り応じる必要がある、としたうえで、できる限りデータでの提出に協力を、とお願いしている

128条の罰則は、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。 ただ、これは調査前のデータに限った話ではありません。 調査で帳簿を見せてくださいと言われて、正当な理由なく拒み続けた場合と同じ条文です。 医院に来た調査官に帳簿を見せない院長はいないと思います。それと同じ扱いだと考えてください。

では、断ったほうがいい場面はあるか。 私の考えでは、断ることそのものに得はほとんどありません。 断っても、当日に同じものを見せることになります。 調査が長引き、医院に来る日数が増え、そのぶん診療の予定を空ける日も増えます。 動画でも「淡々と出す」とお話ししました。

ただし「言われたものを全部、すぐ送る」のも違います。 何年分の、どのデータを、どの形で出すのか。 Q&A自身が「必要な範囲に限って」と書いている以上、範囲を確かめるのは当然のことです。 依頼の窓口は、顧問税理士にしてください。

本当に困るのは、電子帳簿保存法のほうです

罰則より現実に効いてくるのが、電子帳簿保存法です。 電子のまま保存している帳簿や請求書は、調査で求められたときにデータで出せることを条件に、保存のルールが緩められているものがあります。 これを国税庁は「ダウンロードの求め」と呼んでいます。

保存しているものデータで出せることが効いてくる場面
会計ソフトの帳簿(印刷せず電子で保存)最低限の要件で保存している場合、ダウンロードの求めに応じられること自体が要件。PDFや画像に変えて残しているだけでは足りず、CSVなども残しておく必要がある
優良な電子帳簿(届出をして加算税の軽減を受ける帳簿)検索機能の一部(範囲指定・組み合わせ検索)を、ダウンロードの求めに応じることで省いている場合がある。その場合、応じられなければ要件を欠くおそれ
メールやネットで受け取った請求書・領収書(電子取引)検索機能を省ける特例や、要件どおりに保存できない事情があるときの猶予措置は、求めに応じてデータを出せることが前提

優良な電子帳簿で記帳し、事前に届出をしておくと、 あとで申告漏れが見つかっても過少申告加算税が5%軽くなります(隠したり偽ったりした事実がある場合は対象外です)。 この特典は、要件を満たして保存し続けていることが前提です。 クラウド会計を使っている医院は、自分の医院がどの区分で保存しているのか、一度顧問税理士に確認してください。

医院の「売上5,000万円」は、保険診療も含めて数えます

電子取引の請求書は、基準期間(法人は前々期、個人は前々年)の売上高が5,000万円以下なら、 求めに応じてデータを出せることを条件に、日付・金額・取引先での検索機能を省けます。 ここで注意したいのは、この「売上高」には消費税のかからない保険診療の収入も含まれることです。 消費税の免税事業者や簡易課税の医院でも、保険診療を足すと5,000万円を超える医院は多いはずです。 その場合は、検索できるように保存するか、印刷したものを日付と取引先ごとに整理し、あわせてデータも出せるようにしておく必要があります。

要件どおりに保存していないと、どうなるか。 電子取引のデータについては、国税庁は青色申告の承認の取消しの対象となりうるとしています。 ただし、違反があればすぐ取り消すのではなく、違反の程度などを総合して判断するとも書いています。 また、要件を満たしていなくても、その請求書が経費の証拠として一切扱われなくなるわけではありません。 怖がりすぎる必要はありませんが、「データで出せない」状態は、どの区分でも不利だと覚えておいてください。

医院では、どのデータを求められるか

Q&Aの言葉は「帳簿等データ」です。この「等」に何が入るかは、決まっていません。 動画では、売上と仕入のように金額の大きいところから求められる可能性が高い、とお話ししました。 医院に置きかえると、候補はこうなります。

データ医院での中身突き合わせに使われそうなところ
会計ソフト仕訳帳、総勘定元帳(CSV)全体。科目ごとの動き、期末の未収金、交際費、家族への給与
レセコン日報・月報、請求額の集計保険の請求額と、帳簿の売上・未収金が合っているか
窓口の日計表・レジ日ごとの現金、キャッシュレスの内訳窓口の現金と、預金への入金が合っているか
自費の会計・予約システム自費の件数・金額、前受金、値引き自費の売上が漏れなく帳簿に入っているか
電子取引のデータ技工所・材料店・ネット通販の請求書や領収書仕入の量と、自費の件数が釣り合っているか
給与ソフト給与台帳、源泉徴収家族への給与、非常勤の先生への支払い

歯科の例です。 技工所への発注がメールの請求書で届き、自費の補綴は別の自費管理ソフトで会計している。 この2つのデータを並べれば、技工物の数と自費の売上の件数が、署の机の上で照らし合わせられます。 これまで調査の当日に何時間もかけていた作業です。

医科の例です。 美容や自費の点滴を、予約システムでコース販売している。 コースの前受金が予約システムには残っているのに、会計ソフトでは入金時にすべて売上にしている、あるいは逆に載っていない。 こうしたずれは、データ同士を並べるとすぐに見えます。 売上を計上する時期の考え方は期ズレは調査の定番ですに書きました。

レセコンや自費のデータには、患者さんの情報が入っています

日報や予約のデータには、患者さんの名前や処置の内容が入っていることがあります。 税務署の職員には重い守秘義務があり、国税庁は提出データにアクセス権限を設け、必要に応じて暗号化して管理し、保存期間(通常7年)が過ぎたら消すと説明しています。 それでも、出す範囲は必要な分にとどめたいところです。 金額の集計だけで足りるのか、明細まで要るのかを、税理士を通じて確かめてから出してください。

出したデータは、取引先の調査にも使われます

動画で「驚くのは」とお話ししたのが、ここです。 Q&Aには、提出された帳簿等データを含め、調査で把握した情報は、ほかの事案の税務調査や行政指導に活用することがあると書かれています。

医院で言えば、こういうことです。 医院が出した会計データには、技工所に年間いくら払ったかが載っています。 その技工所が調査を受けたとき、医院の支払いと、技工所の売上が合っているかを確かめる材料になりえます。 逆に、技工所や材料の卸、医療機器の販売会社が調査でデータを出せば、医院がそこからいくら買ったかも税務署に届きます。

取引先を確かめる調査は、今に始まったことではありません。 ただ、それが紙ではなくデータで集まるようになれば、照らし合わせはずっと速くなります。 国税庁は、ほかの調査の相手に情報の入手先や内容が分からないよう注意して扱う、としています。

こう聞くと怖く感じるかもしれませんが、医院がやることは変わりません。 相手の帳簿と、医院の帳簿が同じ数字になっていれば、何も起きません。 気をつけたいのは、外から記録が残る支払いを、医院の側で違う名目や違う時期で処理している場合です。 たとえば非常勤の先生への支払いを外注費で処理していると、相手の申告との食い違いが見えやすくなります(非常勤の先生への支払い)。

出す前に、医院でやること

提出の期限は、医院の事情を踏まえて対応するとQ&Aに書かれています。急がされても、見直す時間はもらってください。 その間にやることを、動画で挙げた7つの確認を医院向けに直して並べます。

 確認すること
①会計データを、年度ごとにCSVなどで出せるか。PDFだけになっていないか
②決算月とその前月のレセプト請求額が未収金に載っているか。預金残高が通帳と合っているか
③理事長への貸付金・仮払金、多額の現金残高の中身を説明できるか
④技工料・外注費・交際費・業務委託費に、契約書や相手と目的のメモが残っているか
⑤自費の消費税の区分と、技工所・材料店のインボイスを確かめているか
⑥決算のあとで直した仕訳について、理由を説明できるか
⑦メールの請求書や紙の書類を、頼まれたらすぐ出せる形に整理しているか

見直していて間違いが見つかることもあります。 そのときは、隠さず顧問税理士に言ってください。 Q&Aには、調査前にデータを出したことだけでは、「調査で指摘されて直した」扱いにはならないと書かれています。 事前通知のあとでも、指摘される前に自分で修正申告をすれば、過少申告加算税は原則として5%で済みます(多い部分は10%)。 指摘されてからだと10%(多い部分は15%)です。いずれも個々の事実関係で判断されます。 率の早見表は追徴されたら、いくら払うのかにまとめています。

データを出しても、調査の「開始日」は医院に来る日です

オンラインでデータを出しても、それは医院に来て行う調査には当たりません。 事前通知の「調査を開始する日時」は、初めて医院に来る日です。 また、オンラインのストレージで出したデータは、帳簿を預ける「留置き」には当たらないとされています。 紙の帳簿を預けるときの決まりは「帳簿を預かります」と言われたらに書きました。

最後に、日頃からやっておくことです。

当日の受け答えは理事長がやってはいけない3つのこと、 そろえる書類は調査の前日までに揃えるものをあわせてご覧ください。

データを先に見られる時代になっても、やることは同じです。 記録を残し、外の数字と中の数字を合わせておく。 データを出すときに慌てなくて済む医院は、調査そのものでも慌てません。

「データを送ってください」と言われたら、出す前にご相談ください。

何年分の、どのデータを、どこまで出すか。範囲の確認から、出す前の見直し、当日の立ち会いまでお手伝いします。 いまのクラウド会計や電子の請求書の保存方法が、電子帳簿保存法の要件を満たしているかの点検も承ります。顧問先でなくても結構です。

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最終更新:2026年10月23日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断や調査の結果を保証するものではありません。記載の取扱いは執筆時点(2026年10月)に国税庁が公表しているQ&A等に基づいており、運用は今後変わる場合があります。実際の対応にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。