スタッフの給与を上げた。電気代も材料費も上がった。 それなのに、診療報酬はすぐには増えない。 いま、手元のお金が薄くなってきた医院は少なくないはずです。

そんなときに使えるのが、福祉医療機構(WAM)の物価高騰対応資金です。 すでに開業している診療所が、福岡市でも使えます。

しかも条件がそろえば、医業収益の2か月分まで、最初の2年間は利息がかかりません。 その分かれ目になるのが、スタッフの賃上げのために届け出るベースアップ評価料です。

資金の種類と地域の話は福祉医療機構で借りるに書きました。 この記事は実務編です。条件、いくら借りられるか、申込みの手順と書類、審査で見られるところまで、医科と歯科の試算つきで整理します。

この記事の結論

いま開業している医院でも借りられますか。
借りられます。個人の診療所も医療法人も対象で、福岡市でも使えます。ただし開業から1年以上たち、決算を迎えていることが原則です。
無利子になる条件は何ですか。
ベースアップ評価料の届出をしていて、経営改善計画書を出すことです。直近の医業収益の2か月分までが、当初2年間無利子になります。元本の返済も最長2年待ってもらえます。
銀行で借りるのと、どちらが先ですか。
運転資金なら、先にこちらを検討してください。金利は契約時のまま固定で、2026年10月時点で2.9%です。ただし銀行の借入の借換えには使えません。銀行との付き合いは別に続けます。

物価高騰対応資金の条件(2026年10月時点)

物価高で費用が増え、収支が悪くなった医療機関に向けた運転資金です。 ベッドのない診療所も、歯科も対象です。

 中身
上限診療所は4,000万円。担保や届出の有無で、さらに低い上限がかかります(次の節)
返済期間10年以内
元本を待ってもらえる期間1年6か月以内。ベースアップ評価料の届出があり、経営改善計画書を出せば2年以内
金利2.9%の固定(2026年10月1日改定)。保証人を立てない場合は0.15%上乗せで3.05%
無利子届出あり+経営改善計画書の提出で、直近の医業収益2か月分まで、当初2年間無利子
担保500万円までは原則いりません。届出ありなら、医業収益2か月分のほうが高ければそこまで
返し方元本を待ってもらう期間のあと、毎月、元本を同じ額ずつ返します

金利は毎月見直され、契約した月の金利がかかります。 9月は2.7%でしたが、10月に2.9%へ上がりました。 金利が上がり続けている局面では、動き出しが1か月遅れるだけで条件が悪くなります。

申込みの締切日は、2026年10月時点で公表されていません。 ただし条件は「令和8年度」のものとして案内されていて、年度ごとに見直されます。 いつまでも同じ条件で借りられる、とは考えないでください。

無利子の分かれ目は、ベースアップ評価料

この資金は、ベースアップ評価料の届出があるかどうかで、中身がまるで変わります。 医科なら「外来・在宅ベースアップ評価料」、歯科なら「歯科外来・在宅ベースアップ評価料」です。

 届出あり届出なし
対象になる条件直近月の試算表を前年か前々年の同じ月と比べて、経常利益が減っている。または直近の決算が赤字直近1年以内の月で、人件費と減価償却費を除いた費用が増え、かつ経常利益が減っている
追加で出すもの経営改善計画書。契約から2年以内に進み具合の報告―
上限4,000万円と担保の範囲の低いほう上の2つに加えて「増えた費用×24」も上限になる
担保なしで借りられる額500万円か、医業収益2か月分の高いほう500万円
無利子医業収益2か月分まで、2年間なし
元本を待ってもらえる期間2年以内1年6か月以内

届出ありの対象条件を見てください。「費用が増えたこと」の証明がいりません。 経常利益(本業のもうけに利息などを足し引きした利益)が前年より減っていればいい。 給与を上げた結果として利益が減った医院は、そのまま当てはまります。

届出の証拠は、厚生局からの受理通知か、厚生局のホームページに載っている届出受理医療機関の名簿です。 ベースアップ評価料そのものの中身は最低賃金とベースアップ評価料に書きました。 賃上げは賃上げ税制で法人税も減ります。 届出をしていない医院は、借入の前にまずここを検討する価値があります。

「直近月」で比べるので、タイミングに注意

届出ありの場合、比べるのは申込みの時点で出せるいちばん新しい月の試算表です。 たまたまその月の利益が前年より良いと、直近の決算が赤字でない限り対象になりません。
試算表が2〜3か月遅れている医院は、そもそも申し込めません。 毎月の試算表を、翌月中に締める体制を先に作ってください。

いくら借りられるか――内科と歯科で試算

例えばの試算です。金利は2026年10月の2.9%、返済期間10年、元本は毎月同じ額ずつ返す前提で計算しています。 実際の利息は、機構の計算方法と契約時の金利で変わります。

医科:無床の内科クリニック(医療法人)

直近月の医業収益が800万円。看護師と受付の時給を上げ、外来・在宅ベースアップ評価料を届け出ています。 人件費と電気代が増え、直近月の経常利益は前年同月より減りました。

 金額
医業収益の2か月分1,600万円
担保なしで借りられる上限500万円と1,600万円の高いほう=1,600万円
無利子になる部分1,600万円まで、当初2年間
最初の2年間の返済0円(元本は据置、利息は無利子)
3年目からの毎月の元本約16.7万円(1,600万円÷96か月)
10年間の利息の合計約188万円

比べるために、同じ1,600万円を同じ2.9%で、据置も無利子もなしに10年で返すとします。 利息の合計は約234万円。差は約46万円です。

それより大きいのは、最初の2年間です。 据置も無利子もなければ、2年間で元本320万円と利息約84万円、合わせて約400万円を返すことになります。 この資金なら、その2年間の返済は0円です。 苦しい時期に、手元のお金を減らさずに済みます。

歯科:個人開業の歯科医院

直近月の医業収益が、保険と自費(インプラント・矯正など)を合わせて500万円。 歯科衛生士と歯科助手の給与を上げ、歯科外来・在宅ベースアップ評価料を届け出ています。

 届出あり届出なしの場合
上限の計算2か月分=1,000万円材料費・技工料・電気代などが前年同月の月200万円から225万円に増えたとすると、25万円×24=600万円
担保なしで借りられる額1,000万円500万円(超える分は担保が必要)
無利子1,000万円まで2年間なし
3年目からの毎月の元本約10.4万円―
10年間の利息の合計約117万円―

同じ医院でも、届出の有無で、担保なしの枠が2倍、しかも2年間は利息0円になります。 届出なしだと、技工料や材料費が上がっただけでは足りず、経常利益も減っていることが条件になります。

なお、無利子の上限を超えて借りることもできます。 ただし超える分は利息がかかり、担保の範囲内で、別の申込みとして扱われます。

申込みの手順と、そろえる書類

窓口は東京の本部(医療審査課)で、書類は郵送です。 流れは次のとおりです。

順やること
1機構のホームページから申込書一式(Excel)をダウンロードする
2届出の有無を選んで試算表の数字を入れる。対象になるか、上限の目安が自動で出ます
3経営改善計画書を作る(届出ありの場合。個人の医院も作ります)
4書類をそろえて郵送。不備があると一式返送されることがあります
5審査。追加資料を求められることがあります。日数の目安は示されていません
6契約(契約時の金利)→ 入金。最初の利息の支払いは、契約から半年ほど後です
7毎年、決算後に事業報告。届出ありの場合は契約から2年以内に計画の進み具合を報告

そろえる書類は、主にこれです。

書類ひとこと
借入申込書・補足説明Excelの様式。補足説明の数字の根拠として、試算表と決算書を付けます
経営改善計画書医療法人は法人全体と申込む施設の分。個人の医院も同じ様式で作ります
直近の確定申告書・決算書一式(写)医療法人は別表や勘定科目内訳書も。個人は確定申告書一式
保険医療機関の指定通知書(写)指定の有効期限が切れていないか確認
直近月の診療報酬請求書(写)など試算表で直近月の請求が分かる部分でも可
ベースアップ評価料の届出の根拠厚生局の受理通知、または厚生局の名簿
既往借入金の状況表いま借りている分の一覧。様式があります
履歴事項全部証明書・理事会(社員総会)議事録(写)医療法人のみ。議事録には借入額・期間・据置・保証人の有無を必ず書きます
担保を出すときの書類不動産なら登記事項証明書など。診療報酬を担保にするなら、振込通知書12か月分・通帳・納税証明書(その3)など

医療法人で見落としやすいのが議事録です。 申込み後に金額や期間が変わったら、変わった条件で理事会にかけ直す必要があります。

審査で見られるところ

いちばん見られるのは、返せるかどうかです。 経営改善計画書の様式に、その計算がそのまま組み込まれています。

返済できるかの計算(様式の考え方)

経常利益+減価償却費-税金=その年に残るお金
そこからいまの借入の返済とリースの支払いを引いて、今回の借入の年間返済額を払えるか。
足りない場合は、患者数や単価、経費の見直しで、改善後にどうなるかを書きます。

内科の試算なら、1,600万円を据置のあと8年で返すので、元本だけで年200万円。 様式どおり利息の見込みを足すと、年240万円ほどを返せるかが問われます。 銀行が決算書で見るところと、考え方は同じです。

そのほかに確認されることです。

 中身
開業からの期間原則1年以上たって決算を迎えていること。開業資金には使えません
使いみち物価高で苦しくなった資金繰りの穴埋め。銀行など機構以外の借入の返済・借換え、建物の資金、他の法人への流用は不可。見つかると一括返済と違約金
使わずに置いておく長く使わないままだと、繰上返済を求められることがあると定められています
コロナ融資の残り残っていても申込めます。ただし返済状況を見て、減額や断られることもあります
単位施設ごとの申込み。分院のある医療法人は、法人全体で返せる範囲に減額されることがあります
保証人保証人なし(金利0.15%上乗せ)か、連帯保証人かを選びます。個人の医院が保証人を立てるなら、本人以外の第三者が必要で、原則として公証役場での手続きもいります

個人開業の先生は、保証人を立てるハードルが高い。 現実には、保証人なしを選ぶことが多くなると思います。 一度選ぶと、あとから変えることはできません。

なお、機構のコロナ融資の残りをこの資金で返すことは、認められています。 ただし条件によっては負担が増えるので、機構に相談してください。

経営安定化資金・銀行との比べ方

機構には、運転資金として経営安定化資金もあります。 景気の悪化などで、一時的に資金が足りなくなった診療所向けです。

 物価高騰対応資金経営安定化資金銀行(地銀・信金)
金利2.9%固定3.2%固定多くは変動。利上げのたびに上がる
上限4,000万円4,000万円銀行の判断
期間(据置)10年(最長2年)7年(1年)銀行の判断
無利子届出ありなら2年なしふつうはなし
条件利益の減少など機構の経営診断を受ける決算書と返済能力
他の借入の肩代わり不可(機構の借入は可)肩代わり資金も対象借換えの相談ができる

いまの局面なら、まず物価高騰対応資金です。 金利、期間、無利子のどれをとっても条件がいい。 経営安定化資金は、銀行の借入をまとめて組み直したいときに検討する資金です。 組み直しの考え方は一本化と借換えに書きました。

では銀行はいらないか。そうではありません。 機構の資金は使いみちが決まっていて、日々の相談相手にはなりません。 当座貸越や機器の借入は、地元の銀行と組みます。 機構で固定・無利子の資金を確保し、銀行とは取引を続ける。両方使うのが基本です。

院長が今やること

私はいつも「中小企業は、借りられるときに借りてください」とお伝えしています。 お金に色はありません。借りたお金でも、手元にあれば、給与も材料費も払えます。 手元のお金があることが、いちばんの安心です。

利息は、その安心の代金です。そしてこの資金は、条件がそろえば2年間その代金がかかりません。 ただし、借りたまま眠らせる資金ではありません。運転資金として使っていく前提で借りてください。

順やること
1ベースアップ評価料を届け出ているか確認する。していなければ、賃上げの計画と一緒に検討
2直近月の試算表を締め、前年・前々年の同じ月と経常利益を比べる
3申込書のExcelに数字を入れ、上限と無利子の枠を確認する
4経営改善計画書と資金繰りの見通しを作り、返せる額に合わせて申込額を決める
5医療法人は理事会で決議し、議事録を作ってから郵送する

金利は毎月見直されています。 届出、試算表、計画書。この3つが整った医院から、先に動けます。

出典:独立行政法人福祉医療機構「物価高騰の影響を受けた施設等に対する経営資金又は長期運転資金のごあんない」 「令和8年度 物価高騰の影響を受けた施設等に対する経営資金又は長期運転資金のお知らせ」 「物価高騰の影響を受けた施設等に対する経営資金又は長期運転資金の取扱いに係るQ&A」 「医療貸付物価高騰対応資金申込書一式(主な説明項目・提出書類確認チェックリスト・経営改善計画書・補足説明)」 「医療貸付 主要貸付利率表(令和8年10月1日改定・同9月1日改定)」「ご融資の種類(診療所)」、 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等について」。 金利は固定金利・保証人ありの場合で、保証人不要制度を選ぶと0.150%上乗せされます。 試算は説明のための例で、利息は2.9%・毎月元金均等として概算しています。 融資の可否・金額・条件は同機構の審査によります。金利は毎月改定されます。いずれも2026年10月時点。

無利子の枠が使えるか、先に計算します。

直近の試算表と決算書があれば、対象になるか、いくらまで無利子で借りられるかをお伝えします。 ベースアップ評価料の届出の検討から、経営改善計画書・資金繰り表の作成、申込書類の準備までお手伝いします。

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最終更新:2026年10月7日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、融資の可否や条件を保証するものではありません。記載の制度・金利・要件は執筆時点(2026年10月)のものであり、金利は毎月、条件は年度ごとに改定される場合があります。実際のお申込みにあたっては、必ず独立行政法人福祉医療機構の最新の公表内容をご確認のうえ、同機構および税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。