「そろそろ家を買いたい。でも開業してからのほうがいいのか、いまのうちがいいのか」。 勤務医の先生からも、開業して数年の院長からも、よくいただくご相談です。
持ち家か賃貸かは、ご家族やお考えしだいです。どちらが正解ということはありません。 ただ、開業医には会社員と違う事情が一つあります。 住宅ローンは、いつでも同じ条件で借りられるわけではないということです。
個人で開業すると、銀行が見るのは「売上」ではなく、経費を引いたあとの「所得」です。 節税で所得を小さくした年は、そのぶん借りられる額も小さくなります。 開業直後や、法人化して役員報酬を低く抑えた年も同じです。
この記事は、これから自宅を買うかもしれない医科・歯科の院長向けです。 いつ買うか、どう借りるか、自宅の一部を診療所にする場合、法人化したあとの選び方を順に整理します。
この記事の内容を、動画でも解説しています。
この記事の結論
- 開業医の住宅ローンは、何で決まりますか。
- 売上ではなく「所得」です。たとえば【フラット35】は、給与だけの人は額面の年収、事業をしている人は経費を引いた所得金額で審査します。経費を積み上げる節税をしすぎると、借りられる額が下がります。
- 勤務医のうちに買うべきですか。
- 開業の予定がはっきりしているなら、開業地と自己資金を先に決めてください。勤務医のうちは借りやすい面がありますが、頭金で手元資金を減らすと、開業の自己資金が足りなくなります。
- 自宅の一部を診療所にできますか。
- できますが、住宅ローンで借りられるのは住まいの部分だけです。住宅ローン控除も、床面積の半分以上が住まいであることが条件で、控除の対象は住まいの部分です。
- 医療法人の理事長は、どう考えればいいですか。
- 審査の基準は役員報酬です。法人にお金を残しすぎると、個人では借りにくくなります。買わずに法人の社宅に住むという選択肢もあります。
開業医の住宅ローンは「売上」ではなく「所得」で決まります
国土交通省が毎年、銀行・信用金庫・農協などに住宅ローンの審査項目を聞いています。 令和7年度の調査(回答994機関)では、年収を見る機関が94.2%、勤続年数が93.9%、返済負担率が90.9%でした。 返済負担率とは、年収のうち、ローンの返済に回る割合のことです。
問題は、開業医の「年収」が何を指すかです。 国の住宅金融支援機構が扱う【フラット35】は、基準をはっきり公表しています。
| 【フラット35】の基準 | 中身 |
|---|---|
| 見る年収 | 原則として、申し込む年の前年の収入 |
| 給与だけの人(勤務医・理事長) | 給与の額面(給与収入) |
| それ以外の人(個人開業医など) | 事業所得・給与所得などの所得金額の合計(経費を引いたあと) |
| 返済負担率の上限 | 年収400万円未満は30%以下、400万円以上は35%以下 |
勤務医の1,500万円は額面です。個人開業医の1,500万円は、医業収入から経費をすべて引いた残りです。 同じ数字でも、意味がまったく違います。
歯科の例:例えば、自費の多い歯科で医業収入が9,000万円、事業所得が1,200万円の院長。 35%なら、年間420万円(月35万円)までの返済が上限です。 同じ医院で、年末に経費を積み上げて所得を600万円まで下げると、上限は年間210万円(月17.5万円)。 借りられる額は、ほぼ半分になります。
経費を増やす節税(設備の前倒し購入、必要以上の交際費など)は、事業所得そのものを減らします。 一方、小規模企業共済やiDeCo、ふるさと納税は「所得控除」で、事業所得を計算したあとに差し引くものです。 【フラット35】の「所得金額」は減りません。 家を買う予定がある年は、経費を積む節税より、所得控除の節税を優先する考え方もあります。 なお、民間の銀行がどの数字を見るかは金融機関ごとに違います。
もう一つ、必要以上の経費は税務調査で否認されると、追徴に加算税がつきます。 家が買いにくくなったうえに、結局は税金も払うことになる。これがいちばん避けたい形です。 くわしくは重加算税は7年さかのぼるに書いています。
勤務医のうちに買うか、開業してから買うか
先ほどの調査で、勤続年数を見る機関の基準は「1年以上」が612機関と最も多く、「3年以上」は128機関でした。 勤務医は給与で、勤続年数もはっきりしています。審査の物差しにそのまま当てはまる立場です。
開業すると、物差しが変わります。 【フラット35】が原則として見るのは前年の収入なので、開業した翌年に申し込むと、開業1年目の所得で審査されます。 患者さんが揃う前の年で、開業費や医療機器の減価償却も重なります。所得は小さくなりがちです。 民間の銀行では、複数年分の確定申告書を求められることもあります。
| 時期 | 借りやすさ | 気をつけること |
|---|---|---|
| 勤務医のうち | 給与と勤続年数で見られる | 頭金で手元資金を減らすと、開業の自己資金が足りなくなる。開業地が決まる前に買うと、通えない場所になることも |
| 開業して1〜2年 | 所得が小さい年で見られる | 開業の借入の返済も始まっている |
| 開業して数年、所得が安定 | 確定申告書の所得で見られる | 節税をしすぎていないか |
| 医療法人化したあと | 役員報酬(給与)で見られる | 報酬を低くして法人に残しすぎていないか |
開業の予定が具体的な先生は、開業地と自己資金の計画を先に決めてください。 開業の融資では、自己資金を「どう貯めてきたか」まで見られます(開業資金の借り方)。 家の頭金に使ってしまうと、そこが崩れます。 開業地の近くに住みたい場合は、次の「自宅兼診療所」も選択肢になります。
医院の借入と住宅ローンは、どちらも院長個人の借金です
個人開業の場合、医院の設備資金も運転資金も、借りているのは院長個人です。 そこに住宅ローンが加わると、個人の借金は二本立てになります。
【フラット35】は、返済負担率に入れる借入として、他の住宅ローン・自動車ローン・教育ローン・カードローン(リボ払いを含む)などを挙げています。 医院の事業の借入をどう扱うかは書かれておらず、金融機関によって違うと考えてください。 国の調査でも、7割を超える機関(72.5%)がカードローンなど他の借金の状況や返済の履歴を見ています。
動画でもお話ししたとおり、私は頭金はできるだけ入れないことをおすすめしています。 医科の例:開業8年目の内科で、内視鏡の入れ替えが2年後に控えている院長。 手元の1,000万円を頭金に入れると、機器の更新や診療報酬の入金待ちの月に使えるお金が、そのぶん減ります。 一度入れた頭金は、医院のお金が足りなくなっても戻ってきません。 住宅ローンは借りておき、余裕が続くなら後から返す。順番はこちらです。 理由は住宅ローンは繰上返済するなに、手元資金の目安は医院は現預金をいくら持つべきかに書いています。
住宅ローンには、借りた人に万一のことがあると残りのローンがゼロになる団体信用生命保険(団信)がつくのが一般的です。 ご家族に、ローンのない家が残ります。院長が一人で医院を支えている家庭ほど、この意味は大きくなります。 国の調査では、96.1%の機関が健康状態を審査項目にしていて、その多くが団信への加入を条件にしています。 持病の治療が始まってからでは入れないこともあるので、健康なうちのほうが有利です。
自宅の一部を診療所にする場合
1階が診療所、2階が住まい。地方や郊外の開業で、いまも選ばれる形です。 ただし、住宅ローンと税金の扱いが分かれます。
| 項目 | 扱い |
|---|---|
| 住宅ローン(【フラット35】の場合) | 住まいの床面積が、診療所などの部分以上であること。診療所部分の建築費・購入費は借りられない |
| 住宅ローン控除 | 床面積の2分の1以上が住まいであること。控除は住まいの部分に対応する分だけ |
| 個人開業の経費 | 診療所部分の減価償却費・固定資産税・借入の利息などは、はっきり区分できる部分だけ必要経費 |
| 売ったとき(3,000万円の特別控除) | 住まいとして使っていた部分だけ。住まいがおおむね90%以上なら全体 |
診療所部分は、医院の設備資金として別に借りることになります。 住宅ローンで買った住まいを、あとから診療所や事務所に使うのも注意が必要です。 【フラット35】は、目的外の利用が分かれば借入を一括で返すことになると定めています。
医科の例:郊外の小児科で、1階を診療所、2階を住まいにする場合、床面積は半々でも条件は満たします。 ただ、待合や処置室を広げて1階を大きくすると、住まいが半分を下回ります。 そうなると、住宅ローンも住宅ローン控除も使えません。設計の段階で床面積を確かめてください。 診療所としての構造は、開設の届出をする保健所にも確認が必要です。
のちに医療法人にした場合、診療所部分を法人に貸す形に変わります。 その考え方は医療法人の不動産賃料に書いています。
住宅ローン控除は「所得2,000万円以下」の年だけです
住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)は、令和8年度の税制改正で延長され、2026年から2030年までに住み始めた家が対象になりました。 年末のローン残高の0.7%を、所得税などから差し引く制度です。 新築の場合、長期優良住宅などの認定住宅なら13年間、控除は年31.5万円(子育て世帯などは35万円)が上限です。 一方、省エネ基準を満たさない新築は、原則として対象外です。
院長が気をつけたいのは、合計所得金額が2,000万円を超える年は使えないことです。 所得が大きすぎると控除がなく、節税しすぎると借りられない。 開業医にとって住宅ローン控除は、「当てにして買う」ものではなく、使える年があればありがたい、くらいに考えてください。 制度の骨格と社宅との比べ方は医療法人の理事長と住宅ローン控除に、金利が上がっても控除が増えない点は住宅ローンの金利が0.75%上がったらに書いています。
自宅を売ると、譲渡所得から最高3,000万円を差し引ける特例があります。 ただし、新しい家に住み始めた年と、その前2年・後3年のどこかで、前の家の売却にこの特例を使うと、新しい家では住宅ローン控除が受けられません。 どちらが得かは、売却益と控除額を並べて決めます。売る前にご相談ください。
医療法人化したあとは、役員報酬と社宅で考える
医療法人の理事長は、法人から役員報酬を受け取る立場です。 住宅ローンの審査では、給与と同じように役員報酬の額面で見られます。 金融機関によっては、法人の決算書の提出を求められることもあります。
ここで起きやすいのが、「税率の低い法人にお金を残そう」と、役員報酬を低く抑えすぎることです。 法人には利益が出ていても、理事長個人の年収は小さく見えます。 自宅を買う予定があるなら、数年前から報酬の水準も一緒に考えてください(役員報酬の決め方、法人に残すか、院長に渡すか)。
もう一つは、買わずに社宅に住むという選択です。 法人が借りた住まいを理事長に貸し、税法で決まった家賃を払えば、差額は給与として課税されません。 住み替えも身軽です。ただし、社宅にしている家で住宅ローン控除は使えません。 個人開業の院長は、この選択肢がありません。くわしくは医療法人の社宅をご覧ください。
院長が買う前に確認する5つのこと
- 直近の所得を確認する。個人開業なら確定申告書の事業所得、理事長と勤務医なら源泉徴収票の額面です。銀行が見るのはこの数字です。
- 個人の借金を一覧にする。医院の借入、車のローン、カードローン、リボ払い。整理できるものは先に整理します。
- 手元資金を残す。頭金は最小限に。医院の予備資金に加えて、引っ越し・家具・家電の分も別に取っておきます。
- 毎月いくらなら払えるか決める。ローン返済に、管理費・修繕積立金・固定資産税を足します。家計の生活費が分かっていないと決められません。
- 売れる家か考える。家を買うのは、自分に貸す不動産投資です。駅からの距離や、人口が減りにくい場所かを見てください。自宅兼診療所は買い手が限られます。
そのうえで、取引のある銀行に「将来家を買いたいが、いまの所得でいくら借りられるか」を聞いてください。 確定申告書や決算書を持って相談すれば、探すべき物件の価格帯と、足りない自己資金が分かります。
開業医のお金と、ご家庭のお金はつながっています。 家を買いたいときに買えるよう、節税しすぎず、所得と手元資金を整えておくことが、いちばんの準備です。
家を買う前に、所得と借入を一緒に整理しませんか。
確定申告書か決算書をお持ちいただければ、銀行から見た先生の所得、医院と個人の借入、残しておくべき手元資金を並べてお伝えします。 節税と住宅ローンのどちらを優先するか、自宅兼診療所や社宅との比較もご相談いただけます。
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最終更新:2026年10月23日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の融資審査の結果や税務判断を保証するものではありません。記載の制度・基準は執筆時点(2026年10月)の国税庁・国土交通省・住宅金融支援機構の公表資料にもとづくもので、民間金融機関の審査基準は機関ごとに異なります。実際のご判断にあたっては、金融機関および税理士等の専門家にご相談ください。