非上場の会社の社長が、自分の会社の売上や利益、借入の額をSNSで公表する。 そんな話題を見かけることが増えました。 「うちは数字なんて外に出さない」と思った先生も多いはずです。

ところが医療法人は、少し事情が違います。 毎年の決算書は、都道府県に届け出た時点で、誰でも見られる書類になっています。 福岡県と福岡市は、ホームページから過去3年分をダウンロードできる形で公開しています。

つまり院長が「見せるかどうか」を決める前に、もう見られる状態です。 この記事では、何がどこまで見えるのか、誰が見ているのか、 そして見られて困らない決算書にするには何をすればいいかを書きます。

この記事の内容を、動画でも解説しています。

この記事の結論

医療法人の決算書は、本当に誰でも見られるのですか。
見られます。医療法人は決算後3か月以内に、事業報告書・財産目録・貸借対照表・損益計算書などを都道府県に届け出ます。都道府県は、請求があればこれを閲覧させなければなりません。2023年4月からはインターネットでの公開もできるようになり、福岡県・福岡市はホームページに載せています。
個人で開業している医院も見られますか。
見られません。届出と公開は医療法人だけの仕組みです。ただし銀行やリース会社に出す確定申告書・決算書は、法人と同じように見られます。
何をしておけばいいですか。
外の人が見ても困らない決算書にしておくことです。公開される様式で目立つのは、本業の赤字、純資産のマイナス、理事長や家族の会社との取引です。そのうえで、スタッフにどこまで数字を見せるかを先に決めておきます。

数字を出す会社のほうが、信用される

動画で取り上げたのは、非上場の会社の社長が、売上・利益・借入まで自分で公表した話です。 上場企業のトップが、決算の速報値を自分のSNSで発信する例もあります。

狙いは、信用です。 「成長しています」「社員を大切にしています」と言葉で書くより、 売上・利益・社員数を数字で出すほうが、外の人は安心します。 働く人も、取引先も、銀行も同じです。

動画の主張は、もう一歩先にあります。 数字を出すと決めると、嘘がつけなくなる。 決算書は税務署に出すためだけのものではなく、信用を作るための資料だ、ということです。 だから私的な支出を経費に入れたり、利益を消すためだけの節税をしたりしなくなります。

一般の会社にとって、これは「選べる話」です。 医療法人にとっては、選ぶ前に答えが決まっています。

医療法人は、もう「見られる側」です

医療法人は、医療法で次のことが決められています。

何をいつまでにどこへ
事業報告書・財産目録・貸借対照表・損益計算書・関係事業者との取引の報告書などを作る決算後2か月以内法人の中で(監事の監査を受ける)
上の書類と、監事の監査報告書を届け出る決算後3か月以内都道府県
届け出た書類を、請求した人に閲覧させる届出のあと都道府県が行う

最後の行がポイントです。 都道府県での閲覧は、請求する人を限っていません。 2023年4月からは紙に加えて、インターネットで見せることもできるようになりました。

福岡では、次のようになっています。

所管公開のしかた
福岡市(事務所も診療所もすべて福岡市内の医療法人)市のホームページで、直近3年分の事業報告書・財産目録・貸借対照表・損益計算書・監事の監査報告書を公開。毎月10日ごろ更新
福岡県(上記以外。所管ごとに県庁や保健福祉環境事務所)県のホームページで、過去3年分を法人ごとにダウンロードできる形で公開

つまり法人名さえ分かれば、ほぼ誰でも、数分で先生の医療法人の決算書を開けます。 届出の手間そのものは医療法人の維持費にまとめています。

2023年からは「経営情報」の報告も始まりました

2023年8月から、医療法人は事業報告書とは別に、 病院・診療所ごとの収益と費用も都道府県に報告することになりました。 国はこれを「医療法人の経営情報データベース」に集めています。 職種ごとの人数と給与の総額も項目にありますが、こちらは任意です。

ただしこのデータは、属性ごとに集計した分析結果として公表されます。 先生の医院の数字が、名前つきで出るものではありません。 また、社会保険診療報酬の概算経費の特例(いわゆる四段階税制)を使って所得を計算した年は、報告の対象から外れます。

個人開業の医院は、公開されません

事業報告書の届出も、経営情報の報告も、医療法人だけの義務です。 個人で開業している先生の決算書が、役所から公開されることはありません。
法人化を考えるときは、「決算書が外に開かれる」ことも、法人になる条件のひとつとして知っておいてください。 医療法人にしないほうがいい人もあわせてどうぞ。

公開される書類で、何が見えるか

安心してほしい点もあります。 一般的な規模の医療法人が届け出る様式では、貸借対照表と損益計算書は大きな区分の合計だけです。 交際費がいくら、車両費がいくら、といった細かい科目までは出ません。

そのかわり、次のことははっきり見えます。

書類見えること
損益計算書本業の収益(売上)と費用、本業で黒字か赤字か、本業以外の収益、最終的な利益、法人税等の額
貸借対照表・財産目録資産と負債の合計、純資産がプラスかマイナスか、土地・建物を法人で持っているか借りているか
事業報告書開いている診療所、理事・監事の氏名、社員総会で決めたこと(理事報酬の件など)
関係事業者との取引の報告書理事やその家族、家族が代表を務める会社との一定額以上の取引。相手の名前、取引の中身、金額

いちばん見落とされやすいのが、最後の報告書です。 対象は、理事やその配偶者・二親等内の親族、その人たちが代表を務める会社などとの取引です。 取引の額が1,000万円以上などの基準を超えると、記載が必要になります。

たとえば次のような取引が、相手の名前つきで載ります。

・理事長の家族の会社に払っている、診療所の土地・建物の賃料
・いわゆるMS法人(理事長の家族が経営する会社)への委託料
・理事長からの借入や、理事長への貸付

身内との取引そのものが悪いわけではありません。 ただ、相場から外れた金額は、外の人にも見える形で残ります。 理事長の土地を法人に貸すときの考え方は、医療法人の不動産賃料に書きました。

誰が見ているか

公開されている以上、見る理由のある人は見ます。 先生の医療法人を「見ることができる人」を並べてみます。

見る人何のために
銀行・リース会社融資やリースの審査。届出書類より詳しい決算書一式も求めます
信用調査会社・取引業者取引してよい相手か。医療機器や歯科材料の業者、医療モールの貸主など
承継・M&Aの相手引き継ぐ価値があるか。借入と純資産を最初に見ます
勤務を考える医師・歯科医師この法人は続くか。分院長を任される話なら、なおさらです
応募を考える歯科衛生士・看護師見ようと思えば見られます。「つぶれない職場か」を気にする人はいます

動画では、取引先の信用調査の話が出てきます。 大きな会社は、取引の前に信用調査会社から情報を取り、決算書がない相手とは取引しにくい、という話です。

医院にとっての「大きな取引先」は、まず銀行です。 そして承継の相手です。 子どもに継がせるにも、第三者に譲るにも、決算書が健全であることが前提になります。 出口の選び方は医療法人の出口にまとめています。

見られて困る決算書

では、外の人が見て「この法人は大丈夫か」と感じるのは、どんな決算書でしょうか。 公開される様式で、そのまま目に入るものから順に並べます。

見えるもの外からどう見えるか
本業が赤字で、本業以外の収益で黒字にしている保険の解約金などで埋めている。来年は続かないと読まれます
純資産がマイナス債務超過。借入も承継も止まります
利益が毎年ほぼゼロ節税しすぎで「儲かっていない法人」に見えます
理事長への貸付が載っている法人のお金が院長個人に流れている
家族の会社への賃料・委託料が大きい利益を身内に移していると見られかねません

このうち2つは、別の記事で詳しく書きました。 純資産のマイナスは債務超過の3つの悪、 理事長への貸付は役員貸付金という地雷です。

公開される様式に細かい科目が出ないからといって、私的な経費が安全なわけではありません。 銀行には、科目の内訳まで全部出します。 銀行がどこを見るかは銀行が見ている決算書のどこに書きました。 そして私的な経費を積み重ねた結果は、「利益が残らない」「理事長への貸付が増える」という形で、公開される数字にも必ず出てきます。

見栄えを良くするために、数字をいじらないでください

「見られるなら、良く見せたい」と思うのは自然です。 でも売上の前倒しや在庫の水増しは、3期並べればつじつまが合わなくなります。 医院は保険診療の記録が外に残るので、特に分かりやすい業種です。 詳しくは粉飾はなぜバレるかをご覧ください。

動画の締めの言葉は、こうでした。 見せられないなら、公開するかどうかより先に、なぜ見せたくないのかを考えてください。 その理由を一つずつ消していくことが、決算書を良くするということです。 決算書と節税の関係は、決算書を愛せと節税するなにも書いています。

スタッフに、どこまで見せるか

動画では、社員に数字を見せる効果も話しています。 「売上がこんなにあるのに、なぜ給料が上がらないのか」。 スタッフがそう感じたとき、数字で説明できるかどうかです。

たとえば医業収益1億円の内科クリニックで考えてみます(試算のための例です)。

項目金額(年)
医業収益1億円
薬品・診療材料・検査委託△1,000万円
スタッフの人件費(法定福利費を含む)△3,500万円
理事長・理事の報酬△2,400万円
家賃・リース・その他の経費△2,500万円
利益600万円

1億円の売上でも、残る利益は600万円です。 ここから法人税などを払うと、400万円台です(概算)。 開業時の借入の返済が年500万円あれば、減価償却の分を足し戻しても、手元に残るお金はわずかです。 スタッフから見える「1億円」と、医院に残るお金は、まったく違います。

ただし、全部を見せる必要はありません。 動画のとおり、誰に・何を・どこまで見せるかを先に決めておきます。

相手見せる範囲の目安
院外(誰でも)届け出た事業報告書の範囲。すでに公開されています
スタッフ4段まで。医業収益 → 材料費・技工料(医科は薬品) → 人件費の合計 → その他の経費と利益。個人ごとの給与は出しません
銀行ほぼ全部。決算書一式、科目の内訳、毎月の試算表、資金繰りの見通し
顧問税理士全部

歯科医院なら、技工料と材料費を1行にして見せると、 「自費の補綴が増えると、何が増えて何が残るのか」がスタッフにも伝わります。 賞与や昇給の時期に、この4段の表を1枚見せるだけで、話がしやすくなります。 賞与の出し方は医療法人の決算賞与に書きました。

逆に、診療単価や自費の利益率まで出すと、退職したスタッフを通じて近くの医院に伝わることもあります。 見せる範囲は、一度決めたら毎年同じにするのがいちばん続きます。

院長が今やること

 やること
①自分の医療法人の事業報告書を、県か市のホームページで開いてみる。法人名で探せます。外の人と同じものを見てください
②本業の損益、純資産、関係事業者との取引の3か所を見る。「これを銀行や承継の相手が見たら」と考える
③気になる点を、顧問税理士と洗い出す。理事長への貸付、身内への賃料、利益を消すためだけの支出
④スタッフに見せる範囲を決める。まずは4段の表を1枚
⑤決算の前に、着地の見込みを確かめる。届け出てからでは直せません

⑤が大事です。 事業報告書は、決算が終わって3か月以内に出したら、そのまま3年間、外から見える場所に並びます。 直せるのは、次の決算からです。 毎月の数字の見方は毎月の試算表、どこを見るかを参考にしてください。

医療法人の決算書は、もう公開されています。 隠すか見せるかではなく、見られて困らない決算書を毎年作る。 それが、融資にも、採用にも、承継にも、いちばん効く準備です。

先生の医療法人の決算書を、外の目で読みます。

公開されている事業報告書と、手元の決算書一式を並べて、 銀行や承継の相手からどう見えるかをお伝えします。 直すべきところがあれば、次の決算までに何をするかまで一緒に決めます。

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最終更新:2026年10月31日

この記事について
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の判断を保証するものではありません。記載の制度・公開の方法は執筆時点(2026年10月)の医療法令と、厚生労働省・福岡県・福岡市の公表資料にもとづくもので、その後の改正や運用の変更により変わる場合があります。実際のご判断にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。
税理士・行政書士 山下久幸

税理士・行政書士山下 久幸

福岡で税理士事務所を営む。医療法人の設立・税務と、資産形成・相続サポートを専門とする。

税理士と行政書士の資格を一人で保有し、法人化の判断から認可申請、設立後の顧問、相続の設計までを一貫して担当している。